クマムシ固有のたんぱく質で、人間の細胞の放射線耐性が向上
極限環境に耐性を示すクマムシ固有のたんぱく質が、人間の培養細胞の放射線耐性を向上させることがわかった。他の動物にも環境への耐性を強化する有用な手がかりになるのではと期待されている。東京大学の國枝武和助教らの成果で、20日付の英科学誌『ネイチャーコミュニケーションズ』に掲載された。
クマムシは1mm未満で8本脚の小さな動物だが、通常の状態で人間の半致死量の約1000倍(4000 Gy=グレイ)もの放射線照射に耐えることが知られている。さらに、周囲が乾燥するとほぼ完全に脱水して「乾眠」と呼ばれる状態になり、生命活動を一時停止する。この状態では放射線に加え、超低温、高温、真空、有機溶媒にさらされるなど、さまざまな極限環境に耐性を示す。そして水を与えると速やかに生命活動を再開する。こうした極限的な耐性を支える分子メカニズムは、これまでほとんど分かっていなかった。
研究チームは今回、クマムシの中でも特に高い耐性を持つヨコヅナクマムシのゲノム配列を高精度で決定し、約2万個の遺伝子を持つことを明らかにした。52.5%は他の動物の遺伝子と類似していたが、41.1%は新しい遺伝子だった。そこからクマムシ固有のたんぱく質を多数発見した。
固有なもののうち、Dsup (ダメージ抑制)と名付けたたんぱく質を人間の培養細胞に導入すると、導入していない細胞に比べ、X線を照射してもDNA切断量が約半分に減り、DNAが保護されることがわかった。細胞の増殖能を喪失させる強さのX線 (4 Gy)を照射して細胞の形態と増殖能を調べると、未導入細胞では増殖がほぼ停止して8日目以降は減少傾向となるのに対し、Dsup導入細胞では一部の細胞は正常な形態を保ち、8日目以降も顕著に増殖しており、放射線耐性も向上していることが明らかになった。
放射線耐性をもつクマムシの遺伝子を導入することで、哺乳動物の細胞でも放射線耐性を向上させることができることを示した初めての例であり、クマムシに固有な遺伝子は耐性に関わる良い候補になると考えられる。研究チームではDsup以外にも多数のクマムシ固有遺伝子を見出しており、クマムシの持つ驚異的な耐性能力の分子メカニズム解明に貢献するとともに、将来的には他の動物に耐性能力を与える有用な遺伝子資源になると期待されている。
画像提供:ネイチャーコミュニケーションズ