温暖化対策しない場合、2100年には南アジアで人が生存できない可能性
米マサチューセッツ工科大学のエルファチ・エルタヒア教授らは、温室効果ガス対策をせずに放置した場合、今世紀末に南アジアのいくつかの場所では人間が生存できなくなり、多くの場所で危険なレベルになるという予測結果を発表した。2日付の米科学誌『サイエンス・アドバンシス』に掲載された。
デッドラインは「湿球温度35度」
同研究では、いわゆる「温度」を指す「乾球温度」ではなく、空気中の湿度も考慮した「湿球温度」が指標とされる。これまでの研究では、湿球温度で35度を超えると、人体の皮膚温度を超えることになり、人間は生存できなくなると考えられている。エアコンに「除湿」モードがあるのは、湿度が低ければ汗が蒸発する際に気化熱を奪うことができるためであり、気温が高くてもすごしやすくなる。しかし、湿度が100%であれば汗は蒸発できず、湿球温度は気温と一致する。湿球温度が35度になると、日陰で風通しの良い場所にいても発汗によって体を冷却できず、直ちに身体機能や認知機能が低下して死に至る。
1979年から2015年までの記録によると、現在の気候で湿球温度はめったに31度を超えることはなかった。しかし、ペルシャ湾と紅海周辺の南西アジア、インダス川とガンジス川に挟まれたパキスタン、ネパール、インド、バングラデシュ、スリランカといった諸国を含む南アジア、中国の東部という3つの地域ではすでに28度を超えている。また、2015年の夏、ペルシャ湾岸のフージスターン州(イラン南西部)で湿球温度がほぼ35度に達した。これについてエルタヒア教授らは、2015年にペルシャ湾岸ではあと30年で生存できない湿球温度になると発表した。
また近年、インドとパキスタンでは、致命的な熱波が繰り返し観測されている。例えば、1998年にはオリッサ州(インド東部)で、2003年にはアーンドラ・プラデーシュ州(インド南東部)で、2010年にはアフマダーバードを含むグジャラート州(インド北西部)の周辺で、人や家畜に数千人の死亡をもたらした深刻な熱波が報告された。特に、2015年には史上5番目に大きな熱波がインドとパキスタンの大部分に影響を及ぼし、約3500人の命を奪った。もっとも極端な熱波が予測されるこれらの地域は、人口密度、国内総生産、農業生産の点でも非常に
2つのシナリオを予測
南アジアでのこうした極端な被害状況にみられる、気候変動の潜在的な影響を研究するため、マサチューセッツ工科大学は地域気候モデルを適用した。1976~2005年の期間のシミュレーションを再分析したものと現場観測データを比較。「RCP8.5」と「RCP4.5」という2パターンの温室効果ガス濃度のシナリオを想定し、2071~2100年にかけて、将来の気候変動の潜在的な影響を予測した。「RCP8.5」は何も対策しなかった場合のシナリオで、2100年に現在より約4.5度の平均表面温度の上昇をもたらすとされる。「RCP4.5」は中程度に対策した場合のシナリオで、平均気温は約2.25度上昇し、2015年の国連気候変動枠組条約(COP21)で約束された「2度の上昇」よりわずかに高くなるというものだ。
シミュレーションの結果、RCP8.5シナリオでは、湿球温度の最大値がチョタ・ナグプール高原を含む北東インドとバングラデシュのいくつかの地点で35度を超え、2100年までに南アジア人口の約4%が生存できなくなると予測された。また、ガンジス川渓谷、インド北東部、バングラデシュ、インド東部、チョタ・ナグプール高原、スリランカ北部、パキスタンのインダス渓谷など、南アジアのほとんどの国々で31度を超え、人口のおよそ75%が危険なレベルにさらされると予測された。
一方、RCP4.5シナリオでは、最大値が35度を超える地域はないが、南アジアの広い地域で人口の55%が31度を超えると予測された。1日当たりの平均値を見ると、31度にさらされる人口割合は、現在0%なのに対し、RCP8.5シナリオで約30%、RCP4.5シナリオでは2%にとどまる。
今回の結果から、地球温暖化の対策を中程度にでも行うことで、COP21で約束されたような大幅な緩和努力の恩恵を受けることができると言えよう。
画像提供:米マサチューセッツ工科大学