傷ついた神経の再生を助ける「死神タンパク質」新たな治療技術に期待
神経細胞が再生する秘密は、「死神」タンパク質が神経細胞に「死んだふり」をさせること--。
名古屋大学の久本直毅教授は、未解明の点が多かった神経細胞の再生メカニズムを解明した。不要な細胞を殺す役割を持つタンパク質が、切断された神経の再生を誘導していることを、線虫を使った研究で発見。神経再生を促す技術開発につながると期待される。研究結果は6日付の米科学誌『ネイチャー・コミュニケーションズ』オンライン版に掲載された。
どういうときに再生するのか、不明点多い神経細胞
神経細胞には、電気信号を伝達する役割を担う、「軸索」と呼ばれる長い繊維状の構造がある。この軸索が外傷などで切断されると、神経として機能しなくなってしまうが、神経細胞には切断された軸索を再生する能力もあることが知られている。しかし、再生能力の有無と程度はまちまちであり、損傷の状態や部位によっては再生しない場合も多い。神経の再生がどのように誘導されるのか、そのメカニズムには不明な部分が多く残っていた。
一方で、生物は体内に生じた不良な細胞や不必要な細胞を排除する仕組みを持っている。その中心的な役割を担うのは「カスパーゼ」と呼ばれるタンパク質。これが一度活性化されると細胞内のさまざまなタンパク質を切断し、細胞は死に至る。つまり、カスパーゼは細胞にとって「死神」のような存在だ。また、そうして死んだ細胞は、外部に自分が「死んだ」ことを伝えるシグナルを放出することが分かっている。
「死んだふり」のシグナルが再生を促す
研究チームは今回、線虫と呼ばれる体長1~2mmの生物を使い、軸索が切断された神経の再生メカニズムを解析。軸索を切断された神経内では、カスパーゼが特定のタンパク質の一部だけを切断していることが分かった。これによりカスパーゼは、神経を殺さずに「死んだ」というシグナルだけを外部に放出させている(つまり「死んだふり」をさせている)ことを発見した。さらに、そのシグナルが神経の再生を促す仕組みを活性化し、軸索の再生を誘導していることも分かった。
この研究で、「死神」役のタンパク質が切断された神経に「死んだふり」をさせることで再生を促すというメカニズムが明らかになり、これまで知られていなかった再生促進機構があることが示された。同時に、死と再生に関するカスパーゼの新たな役割も見えてきた。
細胞の死を促す仕組みと軸索の再生を誘導する仕組みは、ヒトを含む哺乳動物にも存在するため、同様の仕組みが哺乳動物にも存在すると考えられている。将来的には、切断されたヒトの神経に「死んだ」というシグナルを外部から与え、神経の再生を人工的に促進するような技術も期待される。
画像提供:名古屋大学(冒頭の写真はイメージ)