[書評]日本の食料問題を見据える『農業崩壊』【GWに読みたい本】
本書は日本経済新聞社の編集委員を務める著者が、日本農業再生の方法を探ることを目的として書いたもの。一般の農業関連の書籍やメディア報道と異なるのは、これまで正面から取り上げられてこなかった部分にあえて焦点を絞って書かれているところだ。
3部構成で書かれている本書は「『農業と政治』の相克」から始まり、日本の農業再生のための農政の動きを、自民党議員の小泉進次郎氏を通して詳細に記録している。2015年10月に農林部会長に就任した小泉氏が掲げたのは「農政新時代」。小泉氏は農業においては素人ながらも、生産者や主要な人物に実際会い、農業改革を進めていく。
日本の農業を支えるのは農業協同組合(以下、農協)という組織。だが、協同組合という位置づけでありながら、農協の上部組織である全国農業協同組合連合会(以下、全農)が農家を囲い込み、農薬や肥料を独占的に販売していたという実情があった。それにより農家は、他社から買うよりも値段が高い肥料や農薬を買わざるを得ず、作物の生産にかかるコストが削減できないなどの問題があった。
そうした全農の体質や構造的な問題改善をめぐる農政との攻防、改革を進めようとする関係者たちとのリアルなやり取りを、同書では「白か黒かの二項対立図式」に偏ることなく記録している。
第2部は「『植物工場」悪夢と光明」で、近年注目を集めてはいるものの、まだ軌道に乗りきれていない植物工場の現状を取り上げている。建設しても採算が合わず、ひっそりと操業を停止する植物工場が多い中で、新しい切り口で事業を成功させようとする挑戦者たちを取材している。
第3部は「『企業参入』成功の条件」。企業の農業参入の成功と失敗の事例を詳細に記録し、成功の秘訣を分析している。農地法改正により、賃借であれば企業の農業参入が可能になった2009年以降、大手企業が農業経営に乗り出し、2017年12月末時点で農業経営に携わっている一般法人の数は3030社に上る。しかし、採算が合わず失敗した例が続出しているのも事実。本書では、失敗した企業は何がいけなかったのか、成功した企業はどのような方法で成功したのか、経験から学べることを最大限取材しており、具体的かつ有益な情報を提供している。
本書は著者自身が「異端」と明記しているように、ほかの書籍やメディアとは一味違う路線で日本の農業再生の道を探っている。何かを否定し、答えは一つであるという書き方ではなく、今までに起こった事実を記録し、そこから学ぶべき教訓を提示している。そして、今までの政治的な判断や政策の転換によって、農業の現場がどのように変わってきたのか具体的な数値も挙げられている。また理想と現実のはざまでもがく人々の苦悩が、彼らの生の声を通して表現されており、一筋縄ではいかない農業の難しさがリアルに伝わってくる。新規に農業に参入する挑戦者たちに「きついなあ」「農業はあまくない」と言わせる農業の現場を、どのように再生していくのか? 本書の中に答えはないが、読者ひとりひとりが答えに到るためのヒントを見出すことができるのではないだろうか。
随所にわかりやすい解説が付記されていて、農業とあまり接点のない人にも読みやすく、すでに知識のある人にとっては、より見聞を深められる一冊だ。
書誌情報
『農業崩壊 誰が日本の食を救うのか』
著者:吉田忠則
発売日:2018年9月21日
発行:日経BP社
(冒頭の写真はイメージ)