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精神科医が読み解く、16歳の環境活動家グレタ・トゥーンベリのスピーチ

精神科医が読み解く、16歳の環境活動家グレタ・トゥーンベリのスピーチ

9月23日にニューヨークで開催された国連気候行動サミット。その中で、スウェーデンの16歳の環境活動家、グレタ・トゥーンベリさんのスピーチが世界中の注目を集めました。

日本では、このスピーチで初めて彼女の存在を知った人も少なくなかったのではないでしょうか。感情をあらわにし、時に激しい言葉を用いたグレタさんのスピーチに対し、多くの共感と反発が寄せられています。アスペルガー症候群(ASD)であることを公表し、ものの感じ方や見方が普通の人とは違うと話すグレタさん。精神医療の専門家は、グレタさんのスピーチをどのように見たのでしょうか? 精神科医の垣渕洋一先生に話を伺いました。(構成:編集部・見市知)

解説:垣渕洋一
成増厚生病院・東京アルコール医療総合センター長
専門:臨床精神医学(特に依存症、気分障害)、産業精神保健
資格:医学博士 日本精神神経学会認定専門医

 

編集部:国連気候行動サミットでのグレタ・トゥーンベリさんのスピーチについて、どう思いましたか?

垣渕:言葉に無駄がなく、核心をつき、人々の感情を揺さぶる力のあるスピーチですね。原稿を全部自力で書いたのなら、彼女の言語性IQは、相当高いという印象です。

編集部:16歳でASDの少女が、一人でこんなことをできるはずがない、だれか大人が背後にいるのだろうと言う人たちがいます。
 
垣渕:彼女の言葉を聞く限り、親、極左、環境活動家といった人たちの意見を鵜のみにして話しているとはとても思えません。彼女なりに調べあげての主張だという印象を受けました。なぜならば、周囲の大人が何かを言わせようとしても、そういうコントロールに乗りにくいのがASDの特徴なのです。

編集部:グレタさん自身が、「私は脳の働きが少しだけ違うのです。私は社交的ではありませんが、集中できるものには特別な興味があります。人のうそを見抜くことができませんし、空気を読むこともしません」と自分自身を分析しています。ASDは病気ではないのでしょうか?

垣渕:ASDは病気ではありません。脳にはさまざまな機能があり、各機能がバランスを保って発達している場合、これを「定型発達」といいます。それに対し、年齢に比してある機能はとても発達している(優れている)が、別の機能の発達は遅れている(劣っている)場合、「発達の偏りが大きい」とか「発達の凸凹が大きい」といいます。これが、いわゆる「発達障害」と呼ばれるもので、ASDもこの中に入ります。凸凹が大きいゆえに、グレタさん自身が述べたような特徴を持ち、強い個性として目立つこともありますが、病気ではありせん。むしろその個性を活かして、優れた業績を残すこともあります。
たった一人で始めた座り込みから世界的なムーブメントを起こしたグレタさんは、感動を覚えたら常識を横において一直線に、とことん突き進むパワーを持っているのでしょう。これは、ASDの個性を活かした業績と言えると考えます。

編集部:グレタさんの「普通でない」ところは、彼女の活動がこれほど大きなムーブメントになり、世界中から注目を集め、多くの著名人に会っても、「称賛はいりません」「私ではなく、科学者の言葉を聞いてください」と、自分中心になることなく冷静なところです。

垣渕:これが逆に、定型発達者の16歳が同じ立場に置かれたと考えてみます。急に有名人になり、これだけのインフルエンサーになれば、普通の人ならば舞い上がってしまい自分自身について勘違いをしてしまうことは、容易に想像できるのではないでしょうか。また、後で今ほどの注目を浴びなくなった時に、喪失感でメンタルを病む危険もあります。ちょうど子役として名をはせた俳優が、成人後に売れなくなってしまう状況をたとえに挙げると分かりやすいかもしれません。しかしグレタさんは、人々からの賞賛や承認に左右されず、目標が非常に明確ではっきりしており、そこからズレることがないというのも驚くべきことです。

編集部:飛行機利用を拒否し、ヨットに乗って大西洋を横断し、国連気候行動サミットに出席するというパフォーマンスにも賛否両論がありました。

垣渕:ヨットに乗って国連気候行動サミットに出席するなんて、世界的レベルで力のある人が助けてこそ可能となることですから、助けてくれる大人たちがいるのは当然でしょう。しかしそれも、彼女がインフルエンサーとしてよく機能できるように、周囲が切るべきところは切り、助けるところは助けているのだろうと推測します。
一方で、時の人になったグレタさんを利用しようとして、近寄って来る人たちも多いはずです。人の言葉の裏を読む能力が低いASDにとっては、言葉の嘘を見抜くのは至難の業です。しかし彼女は、「あなたは楽観主義者ですか?悲観主義者ですか?」と聞かれたとき、「私は現実主義者です」と答えているように、人の言葉ではなく実際のその人の行いを見て判断する、判断基準が備わっているのではないでしょうか。

編集部:一躍時の人として脚光を浴びているグレタさんですが、彼女のような存在はこれまでの歴史の中にもいたのでしょうか?

垣渕:ASDという概念が認知されていなかった歴史の中で、実はASDがクリエイティブ・マイノリティとして歴史を作ってきた、という例はあるはずです。グレタさんがASD特性をうまく活かして突き進むことを実質的に支えるチームがあれば、彼女は歴史に名を残す人になるのではないでしょうか。
 

*文中で引用したグレタさんのコメントは一部、毎日新聞に掲載された八田浩輔さんのインタビュー記事から引用させていただきました。