金星の「スーパーローテーション」維持のメカニズムを解明
北海道大学などの研究者からなる国際研究グループは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の金星探査機「あかつき」によって得られた観測データに基づき、長年謎だった金星大気の高速回転「スーパーローテーション」が熱
スーパーローテーションの謎に迫るあかつき
金星は自転周期が地球時間で243日と、非常にゆっくり自転している。地球と違って自転の向きは公転(周期は地球時間で225日)と逆で、一日の長さは117日だ。その大気は自転の向きに、自転をはるかに上回る速さで回転しており、「スーパーローテーション」と呼ばれている。その速さは高度とともに増え、高度約50~70kmで最大化する。そこでは、大気が惑星を一周するのにわずか4日程と、自転の60倍もの速さに達する。「あかつき」以前にも米航空宇宙局(NASA)の「パイオニア・ビーナス・オービター」(1978~1992)と欧州宇宙機関(ESA)の「ビーナス・エクスプレス」(2006~2014)という2機の「金星の人工衛星」が金星大気を長期観測してきたが、スーパーローテーションがどのように維持されているのかは、1960年代の発見以来わかっていなかった。「あかつき」計画は、スーパーローテーションの機構解明が最大の目標だった。
「あかつき」は2010年5月に打ち上げられ、同年12月に金星の周回軌道に入る予定だった。しかしメインエンジンの故障により十分な減速ができず、金星に近い軌道で太陽を周回する軌道に入った。その後、メインエンジンの代わりに推力が5分の1の姿勢制御エンジンを使い、5年後に金星の周回軌道を目指すというリカバリプランが考えられた。その結果5年以上も太陽に近い過酷な環境を漂うこととなり、観測機器の劣化が心配された。しかし、2015年12月に金星周回軌道へ投入後に観測が始まると非常に高品質のデータが取得でき、ブレークスルーへの期待が高まった。
カギは金星の「熱潮汐波」
今回の研究グループは、観測で得られる画像に写る雲を追跡する、高精度で信頼性の高い手法を新たに開発して風速を求めた。特に重要だったのは、得られた結果から動的に誤差を推定する手法を開発したことだった。新たな手法と評価法によって、従来は不可能だった風速の微細構造が明らかにできるようになり、スーパーローテーションに対する大気の波や乱流の効果を見積もることもできるようになった。グループではさらに赤外線カメラで計測した温度も使用し、多角的に研究を展開した。
金星のスーパーローテーションの西向き風は、高さとともに強くなり、雲層の上端付近で最も強くなる。それを水平にみると全球に広がるが、角運動量の観点から考えると赤道付近で最も風が強いと言える。金星は自転軸がほぼ正立しているため季節はない。そのため太陽光による加熱は赤道付近で最大で極で最も小さくなる。しかし、金星では極域はさほど冷たくなっていない。それは、大気によって南北に熱が運ばれる循環があることを意味する。ところがそのような循環があると、角運動量も運ばれるため、何か別に角運動量を「戻す」メカニズムがないと、観測されているような流れは維持できない。特に、低緯度の雲頂付近の「最も強い流れ」(角運動量の最大値)が何によって実現・維持されるかが、理解の鍵になる。
詳細な分析の結果、低緯度の雲頂付近の「最も強い流れ」は「熱潮汐波」によって作り出されていることがわかった。地球の潮の満ち干に関わる海の潮汐波は、月の引力によって生み出されるが、大気中には昼間熱せられて夜冷却されることによる潮汐波が地球にも金星にも存在し、熱潮汐波と呼ばれている。金星ではそれが角運動量を輸送し、加速を引き起こす。これまで、大気中に存在する潮汐以外の波や乱れ(乱流)も加速を担う候補として考えられてきたが、むしろその逆に働いていることも明らかになった。なお、それらは赤道を離れた中緯度において重要な役割を果たしていると考えられる。
期待が高まる今後の研究
「あかつき」は現在も観測を続けている。これまでにとられたデータの分析も活発に続けられており、観測とシミュレーションの融合(データ同化)などの研究も進んでいる。これらを通して、今後も金星大気に関する様々な発見がもたらされ、理解も進むことが予測される。地球とは大きく異なる金星大気の研究から、地球型惑星における大気の循環に関するより広い理解が得られることが期待される。さらに、近年では太陽系外の惑星(系外惑星)も多数確認されており、恒星の近くを回っている系外惑星の多くは特定の半面を恒星に向けていると考えられ、非常にゆっくりと自転している金星の状態と似ている。そのため、今回明らかになった「ゆっくりとした鉛直-南北の循環と高速な東西の循環の両立により効率的に熱を行きわたらせるシステム」は、系外惑星においても成り立っている可能性がある。今回の研究成果は、系外惑星の大気循環やそれが表層環境に与える影響を探求することにも応用できるかもしれない。