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法律家の目でニュースを読み解く! 木村花さん事件の4つの問題点① 問われる番組制作の姿勢(前編)

法律家の目でニュースを読み解く! 木村花さん事件の4つの問題点(1)問われる番組制作の姿勢(前編)

女子プロレスラーの木村花さんが5月に、弱冠22歳の若さで自ら命を絶った事件に対し、遺族である木村さんの母がBPO(放送倫理・番組向上機構)に対して番組制作側を人権侵害等で訴えました。さらにインターネット上での木村さんに対する誹謗中傷への刑事告訴や民事訴訟が提起されようとしていること、そして警察が立件を視野に入れて動いていることなどが報道されています。

この事件を法的な見地から詳しく見ていきたいと思います。

解説:三上誠
元検察官。弁護士事務所勤務を経て、現在はグローバル企業の法務部長としてビジネスの最前線に立つ、異色の経歴の持ち主。

 

木村さんを追い詰めた4つの要素

本件がはらんでいる法的な論点は、大きく整理すると以下の4点に分けられます。

1)番組制作側の問題
 a)出演者との契約内容に、人権侵害等の問題がなかったか。
 b)過剰な演出と、それについての視聴者の認識との間に齟齬そごがなかったか。
2)プラットフォーム事業者の問題
匿名か否かにかかわらず、誹謗中傷などの書き込みに対して、SNSなどを運営するデジタル・プラットフォーム事業者や業界団体が、もっと厳格な自主規制をすべきではないか。
3)政治、司法の問題
匿名言論に対する対抗手段としての民事訴訟をもっと容易にすべきではないか。
4)視聴者、ユーザーの問題
 a)マスメディアや情報に対するリテラシーが不足しているのではないか。
 b)基本的なモラルに問題がないか。

これに加えて法的な議論からはやや離れますが、深刻な状況に発展する前に被害者が専門的なケアが受けられる環境整備がなされるべきではなかったか、という問題も指摘されています。この話は、今回の問題では番組制作側の出演者ケアの問題として議論されていますが、本来はそこにとどまらない話だと思われます。
 

ネット上での「炎上」はなぜ起こったのか?

今回はまず1)の番組制作側の問題について検証してみたいと思います。

今回、木村さんが亡くなる契機となったのは、「テラスハウス」(フジテレビ系/Netflix)というリアリティ番組への出演でした。その中で起こったトラブルから、別の出演者の男性のかぶっていた帽子を木村さんが取って投げ捨てたことに対して視聴者から批判が殺到、「早く消えてなくなれ」「プロレスは暴力。言葉も暴力」などといった誹謗中傷が木村さんのSNSに1日に100件のペースで寄せられる「炎上」が起こりました。

ところが木村さんの母の話では、番組制作側と出演者との契約には「スケジュールや撮影方針(演出、編集を含む)に関して、全て指示・決定に従う」とあり、誓約内容に違反して制作に影響が出た場合「出演者側が1話分の制作費を最低額とする損害賠償を負う」とされていたそうです。木村さんは母宛てのLINEに「カメラの前でキレろ」「プロレスラーだからびんたくらいしたらいい」などとスタッフに指示され、職業上暴力はできないため苦し紛れに帽子をはたいた、などと書いていたということです。

そもそもこの契約自体が労働基準法第16条の「賠償予定の禁止」に違反しており、それ以前にも重大な人権侵害を含む信義則違反の契約だったのではないかと見ることができます。またこの番組は「台本なし」を標榜していたのですから、上記の事実関係が被害者側の言い分どおりであれば、番組自体が「やらせ」であるという問題も浮上します。
 

「台本なし」と「やらせ」への認識の齟齬

番組制作側が「台本なし」と標榜したところで、「このような映像コンテンツには多少のやらせはつきものである」という認識の共有が視聴者側にはあるとも言われています。しかし、そのような認識を視聴者に期待することは法的には筋が通りませんし、特に被害者と同年代の若年層の視聴者が多いこのような番組では、「台本なし」を真に受ける人の割合が多いことも予想されます。実際に視聴者は、この番組の出演者が同世代であることから、共感・思い入れしやすい番組、として視聴していたようです。

このような番組製作側と視聴者側の認識の齟齬が木村さんへの誹謗中傷を招いたのではないかという疑問に対して、制作側は誠実に答えるべきだと思いますが、フジテレビは内部調査結果において「番組内のすべての言動は、基本的に出演者の意思に任せることを前提として制作されていました」「こうした前提に反して、制作側が出演者に対して、言動、感情表現、人間関係等について指示、強要したことは確認されませんでした」と発表するのみでした。(後編に続きます

(写真はイメージ)
 

法律家の目でニュースを読み解く! 木村花さん事件の4つの問題点(3)プラットフォーム事業者の問題