法律家の目でニュースを読み解く! 木村花さん事件の4つの問題点(3)プラットフォーム事業者の問題
女子プロレスラーの木村花さんが自殺した事件について、前回は番組制作側の問題を取り上げました。今回は2つ目の問題点、実際に木村さんを追い詰めたとみられる誹謗中傷を媒介した、SNSを運営するデジタル・プラットフォーム事業者の問題点について見ていきたいと思います。
解説:三上誠 元検察官。弁護士事務所勤務を経て、現在はグローバル企業の法務部長としてビジネスの最前線に立つ、異色の経歴の持ち主。 |
SNS上で「さらされる」という感覚
今や、だれもが手軽に自分の意見や情報を発信できる手段として活用されているソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)。そこに誹謗中傷などの書き込みが行われた場合、SNSの運営者であるプラットフォーム事業者や業界団体が、もっと厳格な規制をすべきではないかという議論は、このような痛ましい事件が起こるたびに繰り返しなされています。
木村さんが亡くなる契機となったのは、「テラスハウス」というリアリティ番組への出演でした。その中で起きた出来事に対して視聴者から批判が殺到し、誹謗中傷が1日に100件のペースで寄せられたといいます。同じく女子プロレスラーで、1980年代に悪役として大活躍したダンプ松本さんも、当時は「死ね」と書かれた手紙を山のように受け取り、実家に石をぶつけられたこともあった、と毎日新聞のインタビューで話していました。
ここでダンプ松本さんと、木村さんに対する誹謗中傷の大きな違いは、木村さんに対する誹謗中傷がTwitter、Instagram、YouTubeなどのいわゆるSNSを通じたものだったところです。ダンプ松本さんに対する誹謗中傷は、あくまでダンプさん個人に宛てられた手紙などの形が主流でしたが、木村さんに対する誹謗中傷はSNSを通じてインターネット上で、不特定多数の人の目にさらされる形で行われたのです。
不特定多数の人の前で特定の個人を誹謗中傷するというようなことは、インターネットが発達する以前はテレビ、新聞、ラジオ、雑誌といったマスメディアにしかできないことでした。ところがインターネットが発達し、このようにSNSが普及すると、不特定多数の前で特定の個人を誹謗中傷し貶めるということがだれにでも、かつ匿名でできるようになり、その内容がインターネット上で拡散されるようになりました。
誹謗中傷と表現の自由の問題
このように、いわば公然と行われる誹謗中傷は、本人のみが受け取る手紙とは異なり、まったく関係ない人たちの目にも触れるようになり、それによって被害者のイメージが貶められ、間違った情報を広めてしまう危険を伴っています。刑法の名誉棄損罪も侮辱罪も、イメージが悪くなる(=人の社会的評価が害される)ような行為が「公然と」行われた場合にのみ成立することになっていますが、SNSでの誹謗中傷はこれに該当すると言えます。SNSでは、個人に向けられた誹謗中傷が公然と、かつ大量に発生し、無制限に拡散され得るのです。
それではSNSの運営会社が、このような誹謗中傷を削除してしまえばよかったのではないか?とも考えられます。しかしここで「表現の自由」の問題が生じます。民主主義国家において保障されている表現の自由を守るという観点からは、たとえそれが誹謗中傷の類いであっても、運営会社がどこまで規制を行うのか、十分な検討がなされなければなりません。では、このようなSNSの特性を踏まえた新しい誹謗中傷の問題を、どのように考えるべきでしょうか。
従来、表現の自由をできるだけ保護するという観点からは、仮に批判的な言論がなされたとしても、「これに対して反論すればよい」という対抗言論という考え方がありました。双方の表現の自由を保障して、議論を重ねられる環境が保障されることが重要だということです。一方、この前提が崩れ対抗言論が機能しない場合には、被害者の保護に重きをおくことを考えなければなりません。
対抗言論が機能しない理由
インターネット上の誹謗中傷の問題に関しては、10年ほど前の東京高等裁判所判決(東京高裁平成21年1月30日判決)の中でも、反論が非常に困難であることが指摘されています。その内容をまとめると以下のとおりです。
1 現実に反論をするまでは名誉を毀損する内容の表現がインターネット上に放置された状態が続く。
2 被害者に反論を求めることは、被害者の名誉を毀損する内容の表現の存在を知らない第三者に対しそのような表現が存在することを自ら公表して知らしめることを要求するのに等しい。そのため、被害者の中には、更なる社会的評価の低下を恐れてやむなく反論を差し控える者が生じることもあり得る。
3 匿名またはこれに類するものによる表現に対しては、有効かつ適切な反論をすることは困難な事態が生じることも予想される。
4 被害者の反論に対し、加害者が再反論を加えることにより、被害者の名誉が一層毀損され、時にはそれがエスカレートしていくことも容易に予想される。
5 インターネットの広範な普及に伴い、そこでの情報が不特定の、文字どおり多数の者の閲覧に供されることを考えると、その被害は時として深刻なものとなり得る。
10年ほど前の裁判例ですが、本件のようなSNS上の誹謗中傷の問題点を見事に言い当てています。このような問題点は、やはりインターネット文化が形成される前の時代にはなかったものです。
立ちはだかる訴訟と匿名性の壁
また、海外と比較しても日本では、SNSにおける匿名利用が他国よりも高いというデータがあります。2016年のデータですが、総務省の情報通信白書によれば、国際ウェブアンケート調査を行った6カ国(日本、フランス、アメリカ、韓国、シンガポール、英国)で、主要なSNSにおける利用有無とその匿名・実名利用の内訳について比較したところ、日本はFacebook、Twitter、チャット系アプリ(LINE、WhatsAppなど)、掲示板、ブログのいずれのツールでも6カ国の中で「匿名利用」の割合が最も高く、特にTwitterは7割を超え、掲示板・ブログは9割に迫り、他の5カ国に比べて圧倒的に匿名率が高いことが明らかになりました。したがって、被害者による反論はいっそう困難であり、他国と比べても対抗言論が機能する環境とは言いがたいと考えられます。
ところが現行法下では被害者が、反論することでは被害を回復できない場合、誹謗中傷をした相手方に直接起こせるアクションが、民事訴訟をするか、刑事告訴をするしかありません。それ自体、被害者にはとても重い負担です。匿名で姿の見えない、しかも大量の相手方に対峙しなければならず、経済的にはもちろん、心理的負担も相当なものです。
SNS上での誹謗中傷に対して先ごろ、ジャーナリストの伊藤詩織さんが訴えを起こしましたが、伊藤さんは3年間で名誉棄損に該当し得る書き込みを約3万件受け、「見なければいいではないか、という風にもいわれるが、見なくても見たくなくても目にはいってきてしまう」「裁判の準備も苦しかった。見返したくなかった言葉をまた見ることになり、気にしないと思っていても言葉が胸に刻まれていった」などと胸の内を吐露していました。伊藤さんはこれらの書き込みのうち、匿名ではない著名人のみを相手に訴訟を提起しましたが、これに類するケースでも通常は、訴訟をするにおいて匿名性の壁にもぶつかることになります。
業界の自主規制への新たな動き
このような現実を踏まえると、被害者に不当に重い負担を負わせることなく、その申告に応じて誹謗中傷に該当する書き込みを今よりも迅速に削除する取り組みが、運営会社側に求められていると言えます。
今回の事件を受けて5月26日、SNSの運営会社の業界団体である一般社団法人ソーシャルメディア利用環境整備機構(SMAJ)は緊急声明を出し、同月29日に特別委員会を設置して検討を始めたと表明しています。その内容は、総務省の有識者会議である「プラットフォームサービスに関する研究会」の中間とりまとめにも反映されました。
また、これを踏まえて9月1日には総務省から、「インターネット上の誹謗中傷への対応に関する政策パッケージ」が発表されました。それでもやはり中心にあるのは業界団体の自主規制ですから、おのずと限界があるとは思いますが、特に禁止事項の明示と措置の徹底、取り組みの透明性向上及び、捜査機関への発信者情報開示などの対応において、被害者の立場に立った踏み込んだ検討がなされるよう、注視していきたいと思います。
(写真はイメージ)