[書評]『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』 天然菌から循環型経済を考える
「腐る経済」という言葉を聞くと、腐敗したお金の流れをイメージするかもしれない。この本でいう「腐る」は、もっと自然の摂理に根差したものだ。
医者だった祖父の夢の言葉に導かれ、文字通り腐った10代20代を過ごしていた筆者がパン屋を始め、「天然菌」に向き合う中で多くのことを学ぶ。
天然の菌は素材を見極め、「腐敗」させるか「発酵」させるか、いずれかの方法で土に還らせる自然の営みをしている。天然の菌は管理が難しいが、強く多様で個性的な深みのある味わいを出すことができる。一方、強い菌だけを集め大量の栄養を与えることで育てた「イースト菌」で作るパンは、誰でも簡易に膨らますことができ大量生産できるが、人為的であり、「腐らない」食べ物を作り出す不自然なものだ。
筆者は、産地偽装や食品廃棄、過剰労働の現実を見ながら、この不自然さが食品流通のみならず、ひいては経済社会全体に潜む、資本主義経済の問題点なのではないかと一石を投じる。「資本論」を紐解きながら、商品とは何か、労働とは何かを考え、「腐る」経済の実践を模索する中で、地産地消、天然素材にこだわりつつ、地域と生活が循環する儲けのないパン屋経営により、親子共に豊かな生活を実感している。
コロナ禍で地方への回帰、地域循環経済が益々注目されるようになった。世界は、食品、洋服、企業への投資に至るまで、循環型のポリシーにあっているかを評価基準とするように変わってきている。個性的で深みのある天然の菌で発酵されるような、新しい社会経済のあり方を考える機会にできたらと思う。
『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』
著者:渡邊格
発行日:2013年9月25日
発行:講談社
(冒頭の写真はイメージ)