シリコン表面で量子もつれ状態を発見 量子コンピュータに画期的な発展か
名古屋市立大学は12日、同大大学院芸術工学研究科の松本貴裕教授らの研究グループが、シリコン表面に終端した水素が「量子もつれ」状態にあることを世界に先駆けて発見したと発表した。量子もつれは量子コンピュータに不可欠な現象であり、シリコン材料で量子もつれを制御することにより画期的な量子コンピュータ技術を構築する可能性が開かれる。この研究は、米国物理学会の『Physical Review B』に6月1日に公開された。
量子もつれとは、一方の粒子の量子状態と他方の粒子の量子状態を切り離して考えることができず、一方の粒子の量子状態を測定すると、空間的に離れた場所にある他方の粒子の量子状態も定まってしまうもの。量子コンピュータはこの原理を用いた量子ビットを利用している。
量子コンピュータは通常のコンピュータが情報を扱う0か1かというビットの概念を、量子ビットと呼ばれる物質の量子力学的な状態で表現する。通常のコンピュータのビットは0か1かどちらかになるのに対して、量子ビットは任意の割合で0と1両方の状態を重ね合わせて保持できる特性を持つ。これを量子メモリーとして扱うことで、従来のコンピュータに比べて飛躍的な性能の向上が図れる可能性があるとされている。
研究者たちは、この量子もつれを生成して制御する技術を模索してきた。水素の量子もつれ状態は、これまでにも水素分子で観測されているが、今まで気体や液体でしか見つかっていなかった。これを用いて、量子情報の基本単位である「量子ビット1」を大量に作製することの困難さや、1K以下の極低温(室温は 300K)を維持する必要があること、超高純度の材料を使用する必要があることなどの多くの工学的な障壁があった。
名古屋市立大学大学院、中央大学、日本原子力研究開発機構、高エネルギー加速器研究機構らの共同研究グループは、シリコンナノ結晶の表面に結合した2個の水素が安定した量子もつれ状態になることを発見した。この量子もつれ状態の特長としては、従来の水素分子の量子もつれ状態と比較すると、10倍以上の大きな振動エネルギーを有するため(水素分子:10 meV、シリコン表面水素:100meV)、室温でも安定な量子もつれ状態を形成することができる。また、シリコン半導体表面処理技術を利用することによって、従来の10^2bitよりも遥かに多い10^6bitの量子ビットの形成が可能となった。
名古屋市立大学大学院芸術工学研究科産業イノベーションデザイン領域の松本教授は、次のようにコメントした。「今回の発見は、情報の保存、処理、物質転送に関する我々の常識を覆すものであり、医薬品の開発やデータセキュリティなど、さまざまな分野でパラダイムシフトをもたらす可能性があります。私たちは、量子コンピュータの技術革新を目の当たりにしているのかもしれません」
(冒頭の写真はイメージ)