「富岳」を用いた宇宙ニュートリノの数値シミュレーションに成功 筑波大など

「富岳」を用いた宇宙ニュートリノの数値シミュレーションに成功 筑波大など

筑波大学、京都大学、東京大学、理化学研究所は10月28日、スーパーコンピュータ「富岳」を用いて宇宙大規模構造におけるニュートリノの運動に関する大規模数値シミュレーションを実行することに成功したと発表した。革新的な計算アルゴリズムと「富岳」に適したコーディング手法を用いて、同等規模の数値シミュレーションに要する時間を約10分の1に短縮した。

ニュートリノ運動の数値シミュレーション

この研究は筑波大学計算科学研究センター 吉川耕司講師らの研究グループによるもの。宇宙大規模構造とは宇宙の銀河の分布が示す非一様な構造のこと。銀河がほとんど存在していない領域や多く集まる「フィラメント構造」が存在する。宇宙初期の非常に小さな密度の揺らぎが重力相互作用によって増大して宇宙大規模構造を形成すると考えられている。

宇宙大規模構造形成におけるニュートリノの運動の数値シミュレーションは、宇宙の銀河分布を手掛かりにしてニュートリノ質量などの重要な物理量を測定する研究。そのために物質の空間分布や速度分布を統計的にサンプリングして多数の質点の位置と速度で表現するN体シミュレーションという手法が採用されてきた。この手法には物質分布を統計的にサンプリングするために、数値シミュレーションの結果に人工的な数値ノイズが含まれてしまうという欠点があった。また、ニュートリノが宇宙大規模構造に及ぼす主な力学的影響として、そのうち少数の高速度成分が重要な役割を果たす過程があるが、統計的なサンプリングでは高速度成分を忠実にサンプリングできず、正確な数値シミュレーションとなっていない可能性が指摘されていた。

ブラソフシミュレーションの手法を開発

研究グループは、数値ノイズの影響を受けない計算手法として、多数の粒子の集団的な振る舞いを記述するブラソフ方程式を直接数値的に解く手法を採用。この手法は、空間3次元と速度空間3次元を合わせた合計6次元の仮想的な空間を多数のメッシュに分割して扱うために膨大な記憶容量と計算量が必要となり、これまで実際に採用された例はなかった。

この研究では、ブラソフ方程式の数値解法としてこれまでになく高精度でかつ演算量の少ないアルゴリズムを開発。さらに「富岳」で使われているプロセッサに合わせてプログラムの実装を全面的にチューニングした。「富岳」の全システムを用いて最大で約400兆個のメッシュを使ったニュートリノの数値シミュレーションを実行。中国のスーパーコンピュータ「天河二号(Tianhe-2)」で実行された過去最大の数値シミュレーションと同等の数値シミュレーションを約10倍の高速で実行することに成功した。

今回実施したブラソフシミュレーションは、従来からのN体シミュレーションに代表される粒子シミュレーションと長所・短所が相補的で、取り扱う物質の性質によって使い分けることがよいことがわかった。今回の研究ではニュートリノの運動の計算にはブラソフシミュレーションを用い、ダークマターの運動についてはN体シミュレーションを用いた。この研究により数値シミュレーションを行う際の選択肢が増え、今後他の分野でも利用可能になることが期待される。
本成果に関する研究論文はスーパーコンピュータを用いた科学・技術分野の研究の中で、その年に最も顕著な成果を上げた研究グループに与えられる米国計算機学会のゴードン・ベル賞の最終候補(ファイナリスト)に選出された。同賞の最終発表は米国セントルイス及びオンラインで開催される国際会議において現地時間11月18日に行われる。

画像提供:筑波大学