福島県の帰還困難区域で樹木のDNAを調査、突然変異は増えていないことを実証

福島県の帰還困難区域で樹木のDNAを調査、突然変異は増えていないことを実証

森林研究・整備機構 森林総合研究所と福島大学は7日、野外に生育する樹木においてDNAの突然変異を迅速に検出する方法を開発し、福島第一原子力発電所事故による帰還困難区域に生育するスギとサクラを評価したところ、樹木の次世代において新規突然変異が増えていないことが示されたと発表した。低線量放射線被ばくと次世代に受け継がれる突然変異について、野外に生育する樹木で実証した研究は世界で初めて。

福島第一原子力発電所事故では、多くの植物において放射線被ばくによる影響が認められない一方で、モミの木やアカマツなどの針葉樹が通常とは異なる枝ぶりを示す事例が報告されていた。放射線被ばくの生物に対する影響については、DNAの突然変異の増加や、そのような変異が次世代に遺伝することによって生じる遺伝的リスクが懸念されている。放射線被ばくの影響が遺伝しないのであれば、被ばく量の低減後に発芽した世代は影響を受けない。しかし、遺伝によって次世代に引き継がれる場合には、より長い期間、続く世代にも影響が残ることになる。

植物の放射線被ばくと次世代におけるDNAの新規突然変異の関係については、シロイヌナズナというモデル植物を用いた放射線照射実験の結果から、突然変異が顕著に増加するためには相当量の被ばくが必要であること、種子が生産される生殖成長期の影響が大きいことなどが知られている。福島県内の帰還困難区域に生育する樹木は、上記の照射実験での被ばく量に比べて著しく少ない量の放射線しか被ばくしておらず、次世代に遺伝的リスクが生じる可能性は低いと考えられるものの、野外に生育する樹木で新規突然変異を検出する方法がなかったため、実態を示すデータは得られていなかった。

研究グループは、遺伝的リスクとなるDNAの突然変異を野外に生育する樹木において検出する方法を開発した。研究対象としてはスギとサクラ(「ソメイヨシノ」)を選んだ。針葉樹は比較的低線量の被ばくでも形態的な変異が生じやすいとされ、スギは針葉樹の中でも生態や遺伝情報に関する研究がもっとも蓄積されている。ソメイヨシノは、国内の広い範囲に植栽されている人気のある品種で、挿し木などによって増殖させた同一のクローンである。そのためデータ解析において母樹の遺伝的な違いを考慮する必要がなく、データ解析の手間を大幅に削減できる。

今回の研究では、2018年から2019年にかけて帰還困難区域内外のスギ31個体から採取した種子146個、サクラ16個体から採取した種子など69個についてDNAを検査した。その結果、突然変異の数について、空間線量率や放射性セシウムの蓄積量といった放射線被ばくに関連した影響は見られなかった。スギについては種子を採取した場所や枝といった個々の環境の影響を受ける傾向はあった。サクラについては帰宅困難区域内の試料から新規の突然変異は確認されなかった。

福島県の帰還困難区域で樹木のDNAを調査、突然変異は増えていないことを実証

調査を⾏ったスギの⺟樹の枝(上段左・⽩丸)から採取した球果(上段右)および⼈⼯交配中の「ソメイヨシノ」の枝(下段左・⽩丸)と⼈⼯交配のために雄しべを取り除いた「ソメイヨシノ」(下段右)、帰還困難区域の調査地で 2018 年と 2019 年に撮影

帰還困難区域における「突然変異が生じていない」というデータは、放射線被ばくのリスクについて説明する際の貴重な基礎データとなり、放射線の影響に対する不安の払拭に役立つ。また、この手法を応用することで、放射線以外の化学物質、ウイルスなどの環境要因が樹木の次世代に及ぼす遺伝的影響を評価することが可能になる。

写真提供:森林総合研究所(冒頭の写真はイメージ)