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書評『エニグマ アラン・チューリング伝』 コンピュータを作った数学者の生涯

[書評]『エニグマ アラン・チューリング伝』 コンピュータを作った数学者の生涯

アラン・チューリング(1912-1954)は英国の数学者であり、暗号解読者、計算機科学者でもある。第二次世界大戦中にはドイツ軍の暗号解読を中心的に担い、またコンピュータ初期の開発にも重要な役割を果たした。必然的に国家機密に関わる仕事が多く謎が多かったその生涯を、資料を発掘して初めて綿密に解き明かした大部の伝記が本書だ。

章ごとに描かれる彼の人生の路程を見ていこう。1章~3章では、パブリックスクールを経てケンブリッジ大学へ進学し、「チューリング機械」という計算モデルを発案したこと、その後論文発表によって注目され、米国プリンストン大学に職を得るまでの過程が綴られる。早世したパブリックスクール時代の友人クリストファー・モーコムとの同性愛的な友情が生涯後を引くようになる。4章においては、第二次世界大戦が勃発し、ブレッチリーパークにある英国政府の暗号解読センターでドイツが使用していた暗号機エニグマの解読を行う様子が記述される。5~7章には、ドイツ降伏後に電子計算機の構想を思い描き、国立物理学研究所やマンチェスター大学で電子計算機を開発したこと、その後計算機開発の実務から離れて数理生物学、特に発生過程での細胞分裂に関する研究を行っていたことが書かれている。終章8章では、行きずりの19歳の青年と同性愛を行ったことが発覚し処罰を受け、性欲を抑えるホルモン治療を受けている間に、41歳で自死した顛末が記されている。

米映画『イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密』(2014)は本書を原作にして制作されたが、ブレッチリーパーク時代の暗号解読の業績と、当時の同僚で一時は婚約者だったこともある女性数学者ジョーン・クラークとの交流に重きを置いている。映画自体は面白いものだったが、それは彼の人生の一面でしかなく、実際はもっと複雑なものだったことが本書を読んでわかった。

本書では彼の業績について詳述されており、実に読み応えがあった。彼の学問はそもそも数学の決定問題から出発したが、その帰結のチューリング機械は、計算可能な問題であればすべて計算結果を出力できる機械である。エニグマの暗号解読を経て、コンピュータ初期の開発に重要な役割を担うようになった。特に彼は数学者でありながら実際の電子工学にも興味を持って、ハード的な解決方法も提案した。やがてその関心は人間を含む生物が計算機によってどこまで解き明かせるかに移っていった。しかし、天才であっても自分の肉体や心の問題を解決することはできず、早すぎる死を迎えるようになった。

チューリングが悲劇的な死を遂げたのは、時代的な周囲の偏見や無理解もあっただろうが、結局は彼が自らの人生を負いきれなかったということではないだろうか。聖書の有名な一節に「真理はあなたがたを自由にする」とあるが、人生の重荷を下ろし、自由に生きられるようにしてくれる真理を追究することが、チューリングに限らず誰にとっても必要なことだと思う。

『エニグマ アラン・チューリング伝』
著者:アンドルー・ホッジス
発行日:2015年2月30日(原著1983年)
発行:勁草書房

(冒頭の写真はイメージ)

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