[書評]人間の非力を身に染みて思うことで人間らしく歩き出せる 『孤独の特権』
世の中のことは総じて、少し諦め、少し見る角度を変えるだけで、その風景が大きく変わって見えるものだ。時に、病気や苦しみが人を謙虚にし、視野を一気に拡げることがある。自分が地球上で占めていた位置がどれほど小さいものだったのかを知り、縛られていた権力や物質から放たれると、それでもなお変わらずに存在する地球に人は身をゆだねるようになるのだ。
本書は、夫を見送り晩年の日々を過ごす著者の言葉を綴った本である。著者は、これまでも砂漠の中やアフリカの地で、人間の原点を感じてきた。夜に砂漠の大地にうずくまり、星と砂だけの空間に一人取り残された時、隣に言葉を語り合える人はいない。そのような環境下では、すぐ傍らにいる実在感のある神の声が澄み渡り、砂漠の静寂をまったく冒すことなく朗々と心に響いたという。
本書に引用されている、マダガスカルの格言がある。
「一人で行きなさい。そうすればあなたは神から裁かれるだけだ。しかし他の人といったらあなたは人間に裁かれる」
「皆から見捨てられた神を、私はお待ちする」
人間は裸で母の胎を出て、裸で帰る。人間の非力を身に染みて思うことで、むしろ人間らしく歩き出せるようになるのだ。著者は、人生の終わりに向かう期間は、長い時間をかけて魂を完成させていく期間だという。ならば、人が地球に送られたことには何らかの必然があるはずだ。この日々の偶然を楽しみながら、感謝して生きていきたいと、著者は語っている。
『孤独の特権』
著者:曽野綾子
発行日:2019年9月11日
発行:ポプラ社
(冒頭の写真はイメージ)