[書評]ローレンツ著『ソロモンの指環』 動物との意思疎通を究めた学者
コンラート・ローレンツ(1903-1989)は、オーストリアの生物学者。動物の行動を直接分析する動物行動学という分野を創始して、刷り込みの概念を発見。1973年にノーベル生理学賞医学賞を受賞した。
旧約聖書のソロモン王は魔法の指環を使って動物と話ができたという伝説がある。そんな魔法の指環がなくても、動物とある程度の意思を通わせることができるとローレンツは言う。本書は、彼が研究のためにいっしょに生活し寝食を共にした動物たちについて語ったエッセイである。
第一章「動物たちのへの忿懣」には、動物たちと一緒に暮らすとどのようになるかが書き連ねられる。敷物は巣の材料にするためつつかれ、洗濯物のボタンは片っ端から引きちぎられ、カーテンには洗っても抜けないしみを付けられる。彼の家では檻は小さな娘を動物たちから守るために入れるためのものだった。動物の心理学の研究のために囚われの身でない動物を身の回りに置こうとするとどうしてもそうなってしまう。しかし、動物が逃げずに自らとどまるようになることが堪らない魅力だという。
有名 な刷り込みを発見した経緯が「ガンの子マルティナ」で語られる。孵卵器で孵して目を開いたハイイロガンのヒナの最初のあいさつを受けてしまった著者は、ヒナに母親として認知されてしまう。その後はガンの母親がするとおりにヒナの世話をすることとなる。著者がどこにいってもついてくるヒナ。その問いかけに、母親となった著者は、昼間は二分ごと、夜は一時間ごとに鳴き真似で返して安心させてやらないといけなかった。しかし、著者にとっては、ガンたちといっしょに野原に散歩に行き、強いきずなで結ばれて共にいること、その行動をじっくり観察できることがこの上ない喜びだったと綴られる。
「永遠にかわらぬ友」では、ヒナから育てたチョックを始めとしたコクルマガラスとの交遊について語られる。著者は、自身になついたチョックから飛び方や餌の取り方などあらゆる行動様式を学んだ。自宅の屋根にケージを作ってカラスの集団を飼うようにしたときに、チョックはその養い親になる。渡り鳥の大群に若鳥たちが紛れ込んでしまった時に、年長の二羽が一羽一羽を探し出して連れ戻したことで、群れが存続することができた。代替わりした後もカラスの群れはなくならず、著者の家の上を飛び回っていたそうだ。
その他、水槽に自然の池の環境を再現する「被害をあたえぬもの―アクアリウム」や、ペットに適した動物は何がいいかを論じた「なにを飼ったらいいか!」の章は、初心者が実践に移すのに格好の手引きになるだろう。著者ともう一人の挿絵画家による動物たちのイラストも楽しい。
動物の行動観察はある意味では古典的だが、それを徹底的に行って新たな道を切り開いたのがローレンツの業績である。動物行動学の学説自体は彼の提唱したころより随分変わったことだろう。しかし、本書に描かれた動物たちの魅力は変わらない。
『ソロモンの指環―動物行動学入門』
著者:コンラート・ローレンツ
訳:日高敏隆
発行日:2006年6月30日(原著1949年)
発行:早川書房
(写真はイメージ)
【書評】科学者の随筆・評伝