![HPVワクチンは安全なのか?[SALT OPINION CASE. 01]](https://www.newssalt.com/wp-content/uploads/2025/03/AdobeStock_385429801.jpeg)
HPVワクチンの安全性、どう判断?[SALT OPINION CASE. 01]
現代社会、特にインターネットにはさまざまな風説が流れているが、それには科学的な根拠がないものも多い。フェイクニュースなど偽情報の流通が社会問題化する中で、確かな根拠のある情報を明示することはニュースメディアの役割だ。[SALT OPINION]では、複数のエビデンスをもとにNEWS SALT記者による考察と見解を述べる。
CASE1では、HPVワクチンについて取り上げる。HPVワクチンは、子宮頸がんをはじめ多くの病気の原因となるHPVの感染を予防することができるワクチンだ。世界141カ国で公的接種が行われ、そのうち59カ国では男性も接種対象となっている。
日本でも専門家の会議において、継続的に安全性について議論されている。接種による有効性が副反応のリスクを上回るとされているが、一方で、まれに接種後に重い症状が起こることから接種を控えるケースも少なくない。
HPVワクチンの安全性について、これまでどのような議論が重ねられてきたのだろうか。
目次
■HPVと子宮頸がん
HPV(Human papilloma-Virus/ヒトパピローマウイルス)とはウイルスの一種。主に性的接触で感染し、そのうちでハイリスクHPVと呼ばれる一部の型が子宮頸がんの原因になる。感染者のうち10%が持続感染状態となってウイルスを保持し、それが何年も経てからがんになる。子宮頸がん細胞からHPVを発見したツア・ハウゼンは、HPVワクチンの開発に貢献したことで2008年度ノーベル医学生理学賞を受賞しているⅰ。
子宮頸がんの原因の95%がHPV感染であること、他のがんに比べて圧倒的に若い世代で発症することなどの特徴があり、罹患者の約16% が20~30代の若い世代であるⅱ。HPVワクチン接種を国のプログラムとして早期に取り入れたオーストラリア・イギリス・米国・北欧などの国々では、HPV感染や前がん病変の発生が80%以上も低下している ことが報告されているⅲ。日本では年間、約1万人が子宮頸がんと診断され、約3千人が亡くなっており、WHOが2021年に発表したデータによると日本の子宮頸がん発生率はG7参加国の中で最も高くなっているⅳ。
HPVは男性にも他人事ではありえない。性的接触で感染するので、女性に感染させるのは男性である。持続感染の状態では自覚症状がないため、知らないうちにパートナーに広げる可能性がある。また、男性においても、陰茎がん、肛門がん、喉頭がんなどを引き起こすことが知られている。
■日本でのHPVワクチン接種の導入、勧奨中止、そして再開までの一連の流れ
日本でHPVワクチンの定期接種が女子中学生対象に始まったのは2013年4月。ところがその直前の3月、任意接種での接種後に「手足のしびれ」「体に力が入らず歩けない」といった症状があったと朝日新聞・読売新聞などが報道した。
HPVワクチンの定期接種開始から積極的勧奨中止、さらにそれ以降でのワクチン接種への逆風については、木下喬弘『新型コロナワクチンとHPVワクチンの大切な話』ⅴの第2章に詳しく記されている。 報道をきっかけに、接種中止を求める嘆願書が4月に厚生労働大臣あてに提出された。厚労省は6月、接種を積極的に進める「積極的勧奨」を中止した。この積極的勧奨中止の措置が「厚労省がHPVワクチンの危険性を認めた」と解釈されて、社会的な懸念がさらに広まる結果になった。
2014年1月に厚労省が出した結論は、「接種後の症状は針刺しの痛みや不安などによる心身の反応の可能性が高い」ということ、すなわちHPVワクチンが原因とは断定できないというものだった。それにも関わらず接種は一時中止という事態のままだった。マスコミの報道で追い込まれた面もあったが、厚労省の事前準備が不足していて異常な症状に対する十分な説明責任を果たすことができなかったからだとも言える。
2016年7月には、HPVワクチンの接種が原因で全身の痛みや記憶障害が出たとして、63人の女性による国と製薬会社に対する集団訴訟が起こされた。この訴訟は現在も継続中である。
そのような状況下で、専門家たちが「ワクチン接種のリスクと利益を比較すべき」と声を上げていく。日本産科婦人科学会は、勧奨中止の半年後の2013年12月に「十数年後には日本だけ子宮頸がんの患者が多い国になる可能性がある」と危機感を表明。2021年8月までに11回もHPVワクチンに関する声明を出していった。2015年にはWHOのワクチン安全性諮問委員会(GACVS)より「HPVワクチンを使用しないことにより、若い女性をがんのリスクにさらしている」と日本を名指しで批判する声明が出されたⅵ。
2018年には、名古屋市で2015年に実施した3万人規模の調査に関する論文が発表され、典型的な24の症状について、接種者と非接種者の間で発症頻度に差はないという結果が明らかになった(名古屋スタディ)ⅶ。2019年の全国の診療科を通じた調査でも、「接種後の症状は非接種者でも一定の頻度で見られた」という結果が得られた。
ワクチンの安全性と効果に関する知見が整理され、症状の対策と保証制度が整ったことなどにより2022年4月、積極的勧奨が約9年ぶりに再開された。
2024年1月時点での女子中学生の入学年度別の接種率を見ると、2012年入学までは60%を超えていたところ、積極的勧奨を差し控えた2013年から急激に減少し、2014~2017年には1%以下となった。2022年の積極的勧奨再開によって、2018年入学から接種率が上がり2020年には30%を超えるようになった。

(出典:木村奈々ほか(2024年)「本邦の中学生女子のHPVワクチン接種率の推移─ワクチン行政変遷との関連─」慶應保健研究 ⅷ )
■ワクチン接種後の異常な症状とは
HPVワクチン接種後に見られる主な副反応として、発熱や接種した部位の痛みや腫れ、注射による痛み、恐怖、興奮などをきっかけとした失神などがある。

稀に重い症状があり、具体的には以下の表のものである。

また厚労省作成のリーフレットⅸでは、ワクチンの接種後に生じた症状として報告されたのは接種1万人あたり約9人、その中で、医師もしくは企業が重い症状と判断したのは接種1万人あたり約5人、とされている。
なお、現在ではHPVワクチンに限らず、日本で承認されているすべてのワクチンについて生活に支障が出るような健康被害が生じたときに、その症状が接種によるものという因果関係が証明できないものでも救済(医療費・障害年金等の給付)の対象とする予防接種健康被害救済制度が整備されている。
■ワクチン忌避の背景と解決策
公衆衛生学を専門とする木下喬弘氏は前述の自著において、ワクチンを否定するワクチン忌避の背景にあるのは、ワクチンそのもの・医療業界・政府に対する信頼の欠如だとしている。いくら声高に効果と安全性を主張しても信頼関係がないところには響かない。
この問題を解決していくために、専門家が接種対象者に直接情報をわかりやすく提供する仕組みとして2020年8月に設立されたのが、「みんパピ! みんなで知ろうHPVプロジェクト」である。ウェブサイト以外にも、実際に接種対象者が手に取れるようなフライヤーⅹの制作と配布、中学・高校へのポスター配布、啓発のための動画配信なども行っている。
ワクチン問題に限らず、正確な情報を得たいときにお勧めしたい方法が二つある。一つ目は、政府や公的な団体から情報を得ることだ。時には政府の情報が違っていることがあったとしても、海外からの情報も公開されており、長期的に間違うことはまずありえない。
二つ目は、発信される情報が信頼できる情報源を根拠にしているか確かめることだ。さまざまな媒体で専門家を名乗る人が発信しているが、中には偏った考えの人もいることがある。それを見分けるためには、発信内容の根拠としている情報源に注目してみてほしい。たとえば査読付きの論文は、あらかじめ同じ分野の第三者的な立場の専門家が論文の内容を審査したうえで公開されているため、より信頼性が高いと言える。
HPVワクチン問題の教訓の一つは、センセーショナルな一部の報道に振り回されず 、全体としてメリットとデメリットが何なのかを判断することが重要だということだ。一つだけを見て判断すると返って利益を損なうことになる。すべてを見て総合的に判断しないといけない。
■OPINION: HPVワクチンは安全なのか?
日本では子宮頸がんにより毎年約3千人が命を落としている。50歳未満の若い世代での患者の増加が多く、2000年以後、患者数も死亡率も増加している。子宮頸がんはワクチン接種により予防可能ながんであるため、接種のメリットはデメリットに勝る。これまでの状況は、WHOの声明の通り、HPVワクチンを使用しないことにより、若い女性をがんのリスクにさらしてきたと言える。 積極的勧奨の再開によりワクチン接種率が向上していくことを心から願う。
■終わりに
今回、HPVワクチンを取り上げるきっかけになったのは、自分の娘が定期接種の標準的な接種時期である13歳を迎えたためだ。ワクチンの安全性を不安視する声も多いが、海外では接種が進んでいるとも聞いたため、正しいエビデンスをもとに判断したいと考えた。実際によく調べてみると、多くの人のワクチンに対する間違った認識によって正しい判断や行動が阻害され、現代医療の恩恵を自ら手放していることが分かり驚いた。娘には安心してワクチンを受けさせたい。
記事:宮永記者 東北大学理学部物理学科修士課程修了。ソフトウェア技術者。情報機器・教育機器の開発に長年従事し、近年は自動車エレクトロニクスやIoTに関わる。得意分野は本業の技術系。絶滅危惧種、環境問題などもカバー範囲。 |
参考文献:
ⅰThe Nobel Prize in Physiology or Medicine 2008
ⅱ国立がん研究センター
ⅲ日本産科婦人科学会「子宮頸がんとHPVワクチンに関する正しい理解のために」
ⅳジョイセフ「WHOが排除を宣言した子宮頸がん 世界の高罹患率10カ国と日本のデータ」
ⅴ木下喬弘(2021年)『みんなで知ろう!新型コロナワクチンとHPVワクチンの大切な話』ワニブックス
ⅵWHO 「ワクチン安全性に関するグローバル専門家委員会」(GACVS)HPVワクチンの安全性に関する声明(2015年)
ⅶS Suzuki, A Hosono (2018) Papillomavirus Research
ⅷ木村奈々ほか(2024年)「本邦の中学生女子のHPVワクチン接種率の推移─ワクチン行政変遷との関連─」慶應保健研究
ⅸ小学校6年~高校1年相当の女の子と保護者の方へ大切なお知らせ(詳細版)
ⅹみんパピ!「HPVワクチン説明補助フライヤー」