
[書評]古今の夢の話を集めた作品集『夢の本』
1899年、ブエノスアイレスの数万冊の蔵書が埋まった書庫がある家庭に生まれた、ホルヘ・ルイス・ボルヘス。幼い頃からヨーロッパ文学に親しみ、詩・短編小説・エッセーの執筆を行った。「天国・地獄百科」「幻想文学編集」等の共同編集も10冊近く行っており、その中でも本書は、単独編集のアンソロジー(複数の作家の短編小説や詩を集めた作品集)だ。
本書では、聖書、哲学、中世から近代の文学など世界各国の本から、夢に関する資料113篇を集めている。聖書のヨセフやダニエル等の預言は統一的なメカニズムが働いていると語る一方、個人の偶発的な夢は、自分の死期を悟る夢、夢の中で自分が別の生き物になる等さまざまだ。夢はすべての文学の中で、最も古くて複雑なジャンルを作り上げているとボルヘスは言う。
中国清時代の長編小説『紅楼夢』から引用した話では、主人公宝玉が夢の中で、家の庭で女中たちに会うが、自分とそっくりなもう一人の宝玉に仕えており自分のことは知らないと言われる。そこでその宝玉に会いに行くと、丁度眠りから目覚めたもう一人の宝玉に会う。その宝玉は、夢で自分のことを知らないと女中に言われ、更にもう一人の宝玉に会ったという。そこで最初の宝玉の目が覚める。「無限」をテーマにした果てしない夢だ。
夢を見ている時、人間の精神は肉体を離れ、同時に劇場であり、俳優であり、観客でもあり、その見ている夢の物語の作者でもある。そして、あらゆる作品は、「非時間で無名の唯一の作者」の作品であり、「超人間的な<精神>の代弁者」の作品であるという。編纂された個々の作品に対するボルヘス自身の解説はないが、夢を通して、時空を超えた普遍的な観念が現わされているのかもしれない。
『夢の本』
著者:ホルヘ・ルイス・ボルヘス
訳者:堀内研二
発行日:1992年10月30日
発行:国書刊行会
(冒頭の写真はイメージ)