ステンレス鋼が水素によって強靭化されるメカニズムを解明

ステンレス鋼が水素で強化されるしくみを解明 水素エネルギー実現に一歩前進

日本原子力研究開発機構は1日、通常の金属は水素によってもろくなるにも関わらず、一部のステンレス鋼で水素によって逆に強くて伸びやすくなるメカニズムを解明したと発表した。水素社会の実現に不可欠な水素による材料劣化を起こさない新しい鋼材の開発に期待できる。この研究結果は国際学術誌に掲載された。

カーボンニュートラル社会の実現に向けて、水素はCO2を排出しないクリーンなエネルギーとして着目されている。実用に向けては水素を安全に貯蔵・輸送できる材料の開発が不可欠である。しかし、水素は金属に侵入すると強度や延性を低下させる「水素脆化ぜいか 」という現象を引き起こす。特に高炭素鋼や鉄鋼材料で起こりやすく、これが水素インフラの安全性向上を妨げる大きな課題とされていた。水素脆化が起こるメカニズム自体もまだよくわかっていないが、その一方で特定の条件下で水素が金属の強度と延性を同時に向上させる可能性があるとの報告があり、科学的な裏付けが求められていた。

研究グループは、水素添加したステンレス鋼の構造変化を中性子回析装置を用いて観察した。Fe-24Cr-19Niステンレス鋼(SUS310S)を高温・高圧の水素環境下(270℃, 100MPa, 200時間)にさらすことで、SUS310Sの重量に対して一万分の1.4程度の水素を導入。引張試験中の中性子回析によって、結晶格子がわずかに広がってゆがみが生じていることが確認された。金属の結晶格子にこのようなゆがみが生じると、変形が妨げられて強度が向上する「固溶強化」という現象が起こる。固溶強化によって、小さなひずみから双晶と呼ばれる対称的な構造ができ、これによって金属の延性を向上させるとともにさらなる強度向上も生み出すことがわかった。このように、SUS310Sへの水素添加が強度と延性を向上させた原因は、水素の固溶強化であると結論づけられた。

この研究では、ステンレス鋼SUS310Sにおいて、水素が金属の強靭化に寄与するメカニズムを解明した。今後は異なる合金系や水素濃度、温度条件における影響も調査する予定。さらに、水素を利用した新しい合金の開発や、より安全な水素貯蔵・輸送システムの設計へと発展させることを目指すとのこと。

水素添加による結晶格子の膨張とゆがみ
本研究で明らかとなった水素添加によるSUS310Sの強度・延性向上メカニズム

画像提供:日本原子力研究開発機構(冒頭の写真はイメージ)