新年特集 お正月に読みたい古典5選
まとまった時間の取れるお正月は、普段は読めないような本を読みたくなる時期でもあります。書店の売り上げの8割が新刊書と言われる時代ですが、逆に思い切って古典を手に取ってみるのはどうでしょうか。今回は新しい年の始まりにぜひおすすめしたい、5冊の古典を紹介します。
1)『徒然草』(吉田兼好)
『徒然草』は鎌倉時代末期に吉田兼好こと兼好法師によって書かれた随筆です。「つれづれなるままに……」で始まる冒頭はあまりにも有名で、中学や高校の古文の授業で目にしたことのある方も多いのではないでしょうか。これが書かれた鎌倉時代末期には、末法思想と呼ばれる、終末論にも似た厭世的な思想が流行していました。兼好もその影響を受けています。各段に兼好法師の考え方が書かれていますが、「月は満月じゃないのが良い」「子どもはいない方が良い」など、あまり普通の人が言わないような、独特の視点に触れることができます。昔の言葉で書かれているため、気軽に手に取る上でのハードルとなっているかもしれませんが、角川書店の「ビギナーズクラシックス」シリーズにはすべてに現代語訳がついており、文章自体も思想がはっきりしているので、初心者でも十分に楽しむことができます。
・『徒然草』(角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス 吉田兼好著)角川書店 720円(税抜)
2)『メノン』(プラトン)
『国家』『ソクラテスの弁明』など、多くの著作を残し、ギリシャ哲学の基礎を築き上げたプラトン。人文科学の中の古典中の古典ともいえるプラトンの著作にも、一度は触れておきたいものです。その中でも初心者でも読みやすい内容と分量で書かれているのがこの『メノン』です。「徳とは果たして教えることができるものなのか」という議題のもと、メノンという若者と、プラトンの師であるソクラテスが対話をする形で書かれています。話し言葉で書かれているので、活字がちょっと苦手という人にも読みやすい作品です。
・『メノン』(岩波文庫 プラトン著、藤沢令夫訳)岩波書店 600円(税抜)
3)『孫子』(孫武)
孫子とは古代中国の兵法家です。兵法とは「いかにして戦争に勝つか」ということを論じた学問です。現代の日本においては、実際にリアルな戦争に直面する場面はありませんが、孫子の兵法は企業戦略などにも参考にされており、特にビジネスマンにおすすめの一冊です。また孫子ならではの特徴は、「戦争はあくまで外交の一手段に過ぎないのだ」という戦争についての見解です。こういった点などが、他の兵法・戦争を扱ったあまたの本の中でも、『孫子』が頭一つ抜き出ている理由と言えます。
・『孫子・三十六計』(ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 湯浅邦弘著)角川書店 680円(税抜)
4)『方法序説』(デカルト)
「われ思う、ゆえにわれあり」――この有名な言葉が書かれているのが、デカルトによる『方法序説』です。彼は「本当に正しい」と言えるものは何か、という問いに答えるべく、少しでも疑わしいと思えるものは排除し続ける「方法的懐疑」を取り、疑い得ないものにたどり着いた時、それが答えだといいます。そうしてたどり着いたのが冒頭の言葉「われ思う、ゆえにわれあり」でした。「真に正しいもの」を徹底して考えぬくデカルトの思考スタイルは、どちらかというと理系の思考スタイルを想起させます。実際、デカルトは数学にも強く、図形関連の話もこの本の中で登場します。特に理系の方におすすめしたい一冊です。
・『方法序説』(岩波文庫 デカルト著、谷川多佳子訳)岩波書店 520円(税抜)
5)『武士道』(新渡戸稲造)
「太平洋の懸け橋」になりたい――国際連盟の初代事務局次長を務めた新渡戸稲造は明治~昭和初期にかけて、日本の国際社会における地位が今よりもはるかに低かった時代に国際的に活躍した人物です。新渡戸はベルギーの法学者ド・ラヴレーに「欧米には宗教があるが、日本には宗教がない。とすれば、一体何が道徳教育を担っているのか」と問われ、答えに窮します。それは何かと深く考えたとき、「武士道」がその答えだとたどり着き、この日本の精神を外国の人に紹介しようと英語で著したのがこの『武士道(原題は“Bushido: The soul of Japan”)』でした。日本人でもわかりにくいこの概念を、明解かつ多様に解きほぐしながら説明しています。新渡戸稲造は札幌農学校時代にキリスト教の洗礼を受けており、日本人でありながら、西洋的な教養や思考を持った人物でした。その教養の高さは、作中の随所における外国文学および哲学書の引用からもうかがえます。セオドア・ルーズベルトやジョン・F・ケネディといった米大統領にも影響を与えたと言われる、日本が世界に誇る貴重な一冊です。
・『武士道』(岩波文庫 新渡戸稲造著、矢内原忠雄訳)岩波書店 620円(税抜)
古典は自分の思考を言語化してくれるもの
普段、生活の中でさまざまなことを感じたり考えたりするとき、自分ではそれをうまく言葉で説明できないことがあります。しかしそんなときに古典を読むと、「そう! このことが言いたかった!」というフレーズを見つけられることが多々あり、それが筆者が古典を好んで読む理由です。時代の流れを経て読み継がれ、生き残ってきた古典の中には普遍的な真理や知恵を見つけることができ、それが言葉にならない自分の思考を補い、代言してくれるのだと思います。
「先にあったことは、また後にもある、先になされたことは、また後にもなされる。日の下には新しいものはない」という有名な聖書の箇所があります。古典を読んでいると、自分が考えることは実はずっと昔にすでに誰かが考えたことだったのだなと実感させられることがあり、そしてその先人の知恵を借りることは、自分の思考を広げる上でとても有益なことだと思います。
ふだん何気なく感じていること、思っていることを言語化でき、時代を超えて先人と共有できる感覚が、何よりも古典を読む醍醐味のような気がします。
(写真はイメージ)