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法律家の目でニュースを読み解く! 伊藤詩織さん事件に見る日本の「恥」と「謎」

「#MeToo」時代のセクハラ問題を考える(4)「警察に届け出ること」のハードル

性的被害を受けたことは、犯罪に遭ったことにほかなりません。このため、警察に届け出る必要がありますが、そこで逆に、被害者側が心にさらなるダメージを受けるような事態が起こり得ます。現状と、被害者が求めるべき権利、受けるべきケアについて見ていきます。
 

山田ゆり
臨床心理士、20年以上にわたって、病院や教育機関で心理療法を行っている。性暴力被害や、DV, 子どもの頃の虐待などのトラウマ経験を持つクライエントの治療に携わっている。

 

―性的被害を警察に届け出た女性が、そこでさらにつらい思いをしたという訴えがあります。

性的被害を受けた場合の事情聴取や実況見分では、被害者が女性の場合、警察ではできるだけ女性の捜査員が対応するようにしています。もしそうでない場合は希望を述べることができますが、署によっては女性の捜査官がいない場合もあり、その場合は男性が対応することになります。以前は事情聴取にあたって、被疑者の取調室のような場所が使われたりもしましたが、これは今では改善されて、被害者専用の部屋を用いている場合がほとんどだといいます。戸外での実況見分の場合は、カーテンのついた被害者専用車両が用意されています。
 

―実況見分で、被害の現場を再現させられるというのは本当でしょうか?

はい。伊藤詩織さんも実際に経験したと指摘していたように、ダミー人形を使ったり、警察官が実演をして被害者に確認を取る場合が多いようです。被害者本人に実演させることはほとんどないとは聞いていますが、他人がその場面を再現するのを見るだけでも被害者の精神的負担はかなり大きいはずです。これも、女性の警察官によって行える警察署とそうではないところがあり、被害者の精神的苦痛を考えた場合、見直されるべき懸案事項だと思います。また、警察官は被害者に対して配慮ある対応をするべきであり、このための教育の徹底が求められることは確かです。警察が被害者に対してどのような支援や配慮をしているかについては、警察庁のHPで犯罪被害者支援についてのパンフレットがダウンロードできます。
 

―事情聴取や実況見分において、被害者の苦痛を減らすことはできないのでしょうか?

警察での事情聴取や実況見分、また裁判での証人としての証言は、現在の日本の法律制度では、加害者の逮捕や処罰に避けられない要素であり、「避けられない二次被害」という警察関係者もいます。だからといって被害者への負担が大きくてよいというわけではありません。実況見分でのダミー人形にしても、等身大でなく机上のサイズのほうがよいと思いますし、何よりもそこに立ち会う警察官の意識が重要です。被害者は苦しい中で加害者逮捕に必死に向き合おうとしているわけですから、その気持ちを理解し、がんばっていることへのねぎらいやいたわり、現場での配慮やアフターケアは必須でしょう。また被害者に対して、なぜこういったことが必要であるのかという丁寧な説明を行うことも非常に重要です。こういったことがあるとないとでは、おそらく同じ実況見分でも被害者の受け止め方がかなり異なるはずです。
 

―被害届の窓口となる警察で、どのような対応を受けるかは非常に大きいです。

警察官の被害者への対応や配慮は、この20年で大きく改善されてきているとはいえ、地域や警察官によって対応の差があることは否めません。警察に思い切って相談しても担当警察官の対応が悪くて、もう届け出るのをやめようと思ってしまうこともあるかもしれません。もちろんこういうことはあってはならないわけですが、そういう場合にも一人の態度であきらめずに、前回触れた性暴力被害者支援のワンストップセンターや、一般の被害者支援センター、都道府県警察の犯罪被害者支援室などに相談していただければと思います。警察の犯罪被害者支援室は都道府県警に所属していて、被害者の支援を中心にしていますので、同じ警察でも地域の警察署のかつ捜査担当者とは、被害者への理解がかなり違っているはずです。
 

―性犯罪を起訴することは、日本では難しいのでしょうか?

実は性犯罪においては、起訴そのものよりも有罪判決に持ち込むことが難しいというのが現状としてあります。それを知っている警察官が、そういった事情を説明しないまま「告訴は難しい」と言ってしまう結果になっているように思われます。刑法177条の改正によって強姦罪は「強制性交等罪」に名前が変わり、男性被害者も対象になったり、厳罰化されたりなどの大きな変化がありました。しかし、問題は刑法177条にある「暴行または脅迫を用いて」という文言で、過去の強姦罪においても「相手方の反抗を著しく困難にする程度のものであれば足りる」となっているのですが、これは逆に「被害者が恐怖で固まって何も言えなかった」「全く抵抗できなかった」などの場合、「暴行・脅迫を用いていない」とか、「被害者が抵抗していないのだから合意だった」という裁判官の判断につながり、無罪判決になりかねません。私個人の意見ですが、この法令の解釈において警察はもとより裁判官が、被害者が抵抗できなくなることの意味と、それが合意ではないことへの理解をしてもらう必要があると思っています。

こうしたことから、警察に届け出た時にたとえ「告訴は難しい」と言われたとしても、現場の警察官の考えが絶対ではないことを知っておく必要があります。仮にそのように言われたとしてもあきらめずに、被害者支援に精通した弁護士に相談してみることをおすすめします。こちらは法テラスで紹介してもらうことができます。刑事事件では無理な場合でも、民事事件にできる場合もあります。

繰り返しになりますが、いろいろ不安があったり、わからないことがあったりする場合は、捜査機関より先に被害者支援団体に連絡することをおすすめします。日本ではこういった支援機関の数が少なく、まだ発展途上の状態にあり、思ったような対応が期待できないケースもあるかもしれませんが、被害者が行使できる権利としてあきらめずに行っていただけたらと思います。

(次回に続く)
(写真はイメージ)
 

【参考記事】
「#MeToo」時代のセクハラ問題を考える(1) 性被害者はなぜ非難されるのか?(2018/09/17)
「#MeToo」時代のセクハラ問題を考える(2) 性被害者が受ける二重の苦しみ(2018/09/24)
「#MeToo」時代のセクハラ問題を考える(3) 性暴力という犯罪への正しい対処法(2019/01/04)