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「#MeToo」時代のセクハラ問題を考える(5)「セクハラ=人権問題」という認識

「#MeToo」時代のセクハラ問題を考える(5)「セクハラ=人権問題」という認識

これまで暗黙のルールの中で「存在しない」ことのように扱われてきた数々の性暴力に光を当てた、#MeTooムーブメント。最終回の今回は、#MeTooで告発される問題の根幹にいったい何があるのかを振り返ります。
 

山田ゆり
臨床心理士、20年以上にわたって、病院や教育機関で心理療法を行っている。性暴力被害や、DV, 子どもの頃の虐待などのトラウマ経験を持つクライエントの治療に携わっている。

 

―性暴力被害者に対しては、精神面での治療や支援も重要です。

例えば欧米の研究では、レイプ被害者の約40~50%が心的外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder, PTSD)に罹患するといわれています。PTSDに対しては、現在は薬(SSRI,セロトニンを増やす抗うつ薬)や持続エクスポージャー療法(prolonged exposure therapy, PE)などが日本でも医療保険の対象になっており、回復のために医療機関で受ける治療に保険が適用されます。残念ながら、PEのようなPTSDに特化した精神療法は、すべての医療機関で受けられるわけではありませんが、前回触れた支援機関が連携している医療機関で、被害者に配慮した治療が実施されています。

このように、被害者の方の「(性的被害について)黙っていたい」という気持ちを尊重した支援や治療は可能になってきています。被害者に必要な支援については、武蔵野大学心理臨床センターHPの「犯罪被害者メンタルヘルス情報ページ」からダウロードできる、「性暴力被害者のための支援情報ハンドブック 一人じゃないよ」が参考になります。
 

―身近な人が性的被害に遭ってしまった場合、どのように支えてあげることができるでしょうか?

被害者が専門的な治療や支援に結び付くためには、家族や友人、恋人など最も身近な人たちがまず被害者の側に立ち、被害者には非がないこと、一人ではないことを伝え、その気持ちに寄り添い支えることが重要です。このようなエンパワーがあってこそ被害者が立ち上がり、相談や告発ができるようになるということを理解する必要があります。さらに被害者に代わって家族や友人がこういった機関に相談し、どのような支援を受けられるのかを知り、被害者に伝えていただけるとよいのではと思います。
 

―#MeTooムーブメントが日本では広がりにくいと言われる理由は、どのようなところにあると思いますか?

#MeTooは日本の女性たちが共感していないわけではないと思いますが、多くの女性が賛意を表現することにはなっていないように見えます。伊藤詩織さんの例をみてもわかるように、被害を訴えた場合に世間から理解や賛同よりも、無理解や誹謗中傷などの二次被害を受けるリスクははるかに大きく、このことが共感を表明することをためらわせる一つの理由になっているかもしれません。近年立て続けに起こっている、官僚や芸能人のセクハラ事件でもそうですが、加害者側に寄った話だけが一方的に報道され、かつそれを擁護するような発言、あるいは被害者を非難するような声が支配的な中にいると、似たような状況で性被害に遭ったことのある人は、それについて語ること自体に大きなリスクを感じてしまうのではないでしょうか。伊藤さんの事件は本来、人権について語るべきメディアに、この事件を人権問題として捉える認識が不足していることを示しています。伊藤さんはジャーナリストとして、メディアがこのような問題を正しく報道し、被害者の側に立つことの重要性を訴える必要があると感じたのではないでしょうか。
 

―性暴力に対する社会の認識を変えていくためには、何が必要なのでしょうか?

この問題を、多くの人が自分自身にも関わる問題としてとらえていないということも、注意を喚起されるべき点です。#MeTooで告発されているセクハラ問題の根っこにあるものは、権力によって人権が踏みにじられることなのです。しかし日本の学校教育の現場では、人権について学ぶことがあまりにも少ないのではないでしょうか。いじめもそうですし、スポーツの世界におけるパワハラも根っこは同じなのです。これらが「人権問題」としてつながっているという問題意識がないと、人々が#MeToo運動を自分のものとして考えにくいのではないでしょうか。

また、社会的に力を持つ人からの#MeToo支持の発言が乏しかったということも、日本の問題かもしれません。その意味で、米国におけるハリウッド女優たちからの発信にはとても大きな意味がありました。そのように、社会的影響力を持つ人から発信されたときに、一般人である被害者もエンパワーされて発言しやすくなり、社会の理解も得やすくなるのです。

いみじくも、昨年ノーベル平和賞を受賞した二人、コンゴ民主共和国のドニ・ムクウェゲ医師と、イラクの人権活動家ナディア・ムラド氏は、性暴力と闘っている方々です。紛争地域の活動であったせいか、残念ながら日本ではほとんど話題になりませんでした。しかし世界の流れとしては、性暴力が性的な問題ではなく人権や暴力の問題であり、それをなくすことが真の意味での平和につながるという認識が生まれてきているように思います。日本も例外ではありません。一滴の水が集まって滝になるように、小林美佳さんや伊藤詩織さんが投げかけた一石は、今は目に見えにくくても、じわじわと人々の関心や理解を広げていると思います。いつかそれが大きな潮流となり、性暴力のない世界への変革につながると信じます。

(写真はイメージ)
 

【参考記事】
「#MeToo」時代のセクハラ問題を考える(1) 性被害者はなぜ非難されるのか?(2018/09/17)
「#MeToo」時代のセクハラ問題を考える(2) 性被害者が受ける二重の苦しみ(2018/09/24)
「#MeToo」時代のセクハラ問題を考える(3) 性暴力という犯罪への正しい対処法(2019/01/04)
「#MeToo」時代のセクハラ問題を考える(4)「警察に届け出ること」のハードル(2019/01/05)