[書評]『とんでもなくわかりやすい経済の話』で経済を身近に【GWに読みたい本】
本書の著者ヤニス・バルファキスは、2015年のギリシャ経済危機時に財務大臣を務めた人物。欧州連合(EU)から財政緊縮策を迫られるなか、大幅な債務帳消しを主張し話題となった。本書は、10代の娘の質問「どうして世の中にはこんなに格差があるの?」に答える形で若い人たちに向けて、経済について直接語りかけたものだ。
古代ギリシャにさかのぼる「価値」の意味
著者は、すべてを「交換価値」で測る市場経済に対して疑問を投げかける。ここ200~300年、人類の歴史は新しいフェーズに入り、多くのものが商品化され、市場価格がつけられるようになった。市場で交換する「交換価値」が、人助けの喜びや名誉といった「経験価値」より上に置かれるようになったと著者はいう。古代ギリシャでは、褒賞を受ける英雄にふさわしいかどうかが宝であり、オークションで高く売れるかどうかなどは重要ではなかった。むしろ英雄にとっては、名誉や褒章に値段をつけられることは屈辱と言ってもよかっただろう。しかし、今は自分自身のことすら「市場価値」で測って判断してしまってはいないだろうか。
市場経済が生まれた経緯を顧みる
「市場経済」はいつ始まったのだろうか。物々交換して生活を営む時代、そこにあったのは「市場」でしかなかった。「経済」が生まれるには「技術」が契機となる。最初の技術は「農耕」の発明だ。農作物の余剰が、貸借とそれを記録するための文字を生み、通貨を生んだ。そして通貨の信用を保証し、安全を守るための国家と軍隊を生み、侵略へとつながっていく。
では何故、ヨーロッパがアフリカやオーストラリアを侵略し植民地化したのか。それには地理的な影響があると著者は語る。アフリカは南北に長く、一つの地域の農耕経済の仕組みが周囲に波及しなかった。オーストラリアは自然が豊富で食物に事欠かず、技術がなくても豊かな生活を享受できた。一方、ユーラシア大陸は東西に長く、その地理条件の下に一つの地域の技術や経済が一気に浸透し、巨大帝国が築かれていった。農業革命に続いて造船と羅針盤の発明、蒸気機関の発明による産業革命を通して、借金して投資し利益を得る、という市場経済サイクルが加速した。侵略によるグローバル格差、資本家と労働者の国内格差が生まれていったのだ。
なぜ民主主義が必要なのか?
市場経済システムは、幾たびも危機に陥った(過去には世界恐慌、最近ではリーマンショックが記憶に新しい)。国際機関や国家は、マネーサプライ管理によりそれをコントロールしてきた。経済は政治と切っても切れない関係なのだ。しかしマネーサプライの調整は万民に公平ではないと著者は指摘する。
最近は「経験価値」をも「市場価値」に変えて解決しようとする動きもある。CO2の排出量を市場取引化して、世界で必要な企業と必要でない企業が取引をする「排出権」取引。また、環境や社会に配慮している企業を選んで行なう「ESG投資」もその動きだろう。著者は、一部の資本家に多数の票が集中する「市場化」よりも、全員が一票を投じることができる「民主化」が望ましいと主張する。「民主主義は不完全で腐敗しやすいが、人類全体が愚かなウイルスのように行動しないための唯一の方策」であると語る。
本書は、経済の始まりの本質を追及し、物語のように語っている点が面白い。経済学は難解になり「目の前のリアルから離れていく」ように思われる中、映画や神話を引き合いに出して興味をもって読み進められる。ギリシャ特有か、哲学的な極端な言い回しもある。著者の意見は一つの視点としてとらえるべきだろう。
今、長い間世界をけん引してきた資本主義の根本の仕組みが変わろうとしている。本書は、自分の生活に直接影響を与えている経済を身近なものとして考え、自身の視点を持つよいきっかけになる1冊だ。
書誌情報
『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』
著者:ヤニス・バルファキス
発売日:2019年3月7日
発行:ダイヤモンド社
(冒頭の写真はイメージ)