リカバリーカルチャーって何?(2)先進国・米国に依存症治療施設を訪ねて【前編】
アルコールや薬物などの依存症から立ち直り、回復した姿を社会に示していく「リカバリーカルチャー」は近年日本でも、著名人などの発信を通して少しずつ根づき始めている。今回は、リカバリーカルチャー発祥の地であり、長い歴史を持つ米国の事例を紹介したい。
解説:垣渕洋一 成増厚生病院・東京アルコール医療総合センター長 専門:臨床精神医学(特に依存症、気分障害)、産業精神保健 資格:医学博士 日本精神神経学会認定専門医 |
目を見張る米国施設の先進性
筆者は2003年にアスク・ヒューマン・ケア*主催の、2004年にはジャパンマック**主催の米国研修旅行に参加し、各地の依存症治療施設を見学する機会に恵まれた。当時は依存症臨床に携わり始めたばかりで、手当たり次第何でも吸収しようとしていた頃だった。そんな駆け出しの依存症専門医にとって、感銘を受けることがとても多い旅だった。
感銘を受けた1つ目は、施設の広さだった。元はゴルフ場や農場だった敷地に建物が点在していた。初めてここを訪れた人は間違いなく迷うし、敷地内を移動するだけもかなりの運動になる。
2つ目は、断酒教育プログラムの教材が大変よく整えられていることだった。クライアント用のワークブックと対になった、セラピスト用のマニュアルも詳細なものがあり、治療の段階をステップごとに分けて、このステップではこういう質問をする、このステップではこういうことを確認する、といったようなことが細かく書かれている。日本だと、治療ガイドラインはあってもここまで綿密なマニュアルはない。その中で治療者が、患者の個性に合わせて百人百様の「名人芸」的な対応を求められる。
3つ目は、施設の収入の相当な部分が寄付でまかなわれていることだ。施設の玄関ホールにはドネーション・ボードといって、寄付をした人の名前や顔写真がたくさん貼ってあるコーナーがあり、施設内には寄付者の名前がついた建物がいくつもある。施設が運営するリサイクルショップには、寄贈された高級ブランド品が山のように積んであった。日本では、今も見ることができない光景である。
回復した元当事者が治療者として活躍
そして4つ目が、かつて自分も依存症者だった当事者である、リカバリー(回復者)の活躍ぶりだ。日本では、アルコール依存症治療=精神科医療であり、病院で医師から治療を受けるものというイメージがあるが、米国では医師ではないリカバリーが多くの施設を開設・運営している。なぜ、そういうことができるのだろうか?
依存症者は孤独な状態にあったり、または一緒に飲酒する人がいる環境にいたりする限り、飲酒を止めることができない。たとえ家族と生活していても、その家族が依存症者の心情を理解し受容してくれなければ、依存症者は孤独なままである。逆の言い方をすれば、飲酒をせず、なおかつ飲酒によって傷ついた自分の心情を理解してくれる人がともにしてくれる時に、飲酒は止めることができる。だから依存症治療の経験がない医師よりも、依存症者としての経験があるリカバリーの方が、当事者の心に寄り添えるという意味では治療者として適しているのである。
まず1人の依存症者が回復しリカバリーになるまでには、実に多くの人からの助けを受ける。その中で正直・謙そん・感謝の心を養った人は、次に困っている依存症者を助けることができるようになる。そういう人たちを「ピア・サポーター」という。ピア・サポーターの多くは仕事を別に持ちながらボランティアとして活動をするが、それで飽き足らない人は大学院の修士課程で援助職としての知識や技術を習得し、依存症に特化したカウンセラーやソーシャルワーカーの資格を取り、これを本業とするようになる。こういった有資格者のリカバリーたちが開設・運営する施設をソーシャル・モデルの治療施設と呼んでいる。これに対し、病院や診療所が開設・運営する施設をメディカル・モデルの治療施設という。
ソーシャル・モデル施設が求められるわけ
メディカル・モデルの施設は、アルコールの禁断症状を軽くして断酒の苦痛を和らげることや、身体合併症、併存する精神疾患の治療に強い。一方、ソーシャル・モデルの施設はリカバリースタッフが中心になって運営されており、施設やプログラムの自由度が高く、費用が安い。見学した施設の1カ月の費用は、いわゆるメディカル・モデルの病院の場合、入院すると600万円だが、ソーシャル・モデル施設の場合は0~200万円だと聞いた。
米国は医療費が高く、医療保険も営利企業が運営するものが主体なので、給付の制限が多く、定収入のある勤め人であっても入院は容易ではない。また依存症治療にたどりついた時点で貧困に苦しんでいる人も多いのが実情だ。1人でも多くの人が治療を受けられるためには、費用の安い施設が必要となってくる。そのため、リカバリーの人材が豊富なこともあいまって、ソーシャル・モデルの施設が多いと考えられる。
筆者が見学したミシガン州デトロイトの郊外にあるドーン・ファームも、リカバリーが運営するソーシャル・モデルの施設だ。
ドーン・ファームの写真(撮影はいずれも筆者)
建物から見る風景。元は農場で、見える範囲が全部敷地! 入所者で農作業を行う。
ドーン・ファームには、来た人をあたたかく迎え、希望を与える言葉が、あちらこちらに貼ってある。
あなたは正しい場所にいます。
あなたは、あなたと同じような人たちとともにしています。
私たちはあなたと、あなたが来た世界を知っています。
私たちは(今の)あなたと、(将来に)なり得るあなたとを受け入れます。
ここは、魔法が起きる場所です。
(筆者訳)
ドーン・ファームは、こういった施設への援助を行う財団から助成を受け、使われなくなった農場を買い取って作られた。建物は木造で、施設というよりふつうの住まいのような、アットホームなあたたかみを感じさせる場所だ。メインホールでのプログラムを見学したが、リラックスした中にも、「回復」を目指す治療への明確な意志を感じさせる雰囲気が印象的だった。
*アスク・ヒューマン・ケア
依存症、人間関係、心の問題などをテーマに、出版・研修・通信教育を行なっている会社。
**ジャパンマック
1978年に設立された、依存症者の回復と成長をサポートする特定非営利活動法人。依存症者当事者による当事者のサポートを行なっている。
(中編に続く)
(冒頭の写真はイメージ)