薬物依存性と向き合う(後編)大切なメッセージ「YES TO LIFE」
前編では田代まさしさんに下された一部執行猶予判決について、「再犯防止」という視点で評価していただきました。今回は家族や友人、メディアなど、社会がどう接するべきなのか掘り下げていきます。
解説:垣渕洋一 成増厚生病院・東京アルコール医療総合センター長 専門:臨床精神医学(特に依存症、気分障害)、産業精神保健 資格:医学博士 日本精神神経学会認定専門医 |
編集部)依存症者の回復と再チャレンジを社会全体で後押しするのに、どのような法制度や仕組み、啓もう活動が必要だと思われますか?
垣渕)海外での研究で、すでに以下のことがわかっています。
・法律ができて違法化されると、販売者が薬局から反社会的勢力になり、もっと危険な合成麻薬が出てくるようになる。規制することと、それを潜り抜けることのイタチごっこが起きる。
・覚せい剤を使った時点で刑事事件にもっていくのではなく、地域内でのケアに繋ぐ方が予後はよい。
・出所した後、保護観察が終わった後も、切れ目なく地域のケアに繋げていくことが再犯を防ぐために非常に重要である。
こういったエビデンスを基に先陣を切ったのがポルトガルです。2001年に、少量の所持や使用を非犯罪化しました。合法ではないけれど犯罪ではないとして、治療に繋げるようにしました。そして、薬物依存症の人たちを雇用すると助成金が出たり、薬物依存者が手に職をつけて仕事を始める時に少額の融資をするなど、社会の中で支える仕組みをつくっていきました。
当事者にとっても、再使用しても隠すことなく、治療に繋がり続けられるので、回復率も上がりました。10年後には薬物依存症も、薬物によって死ぬ人も、ついでにHIV感染も減るという大きな成果を上げました。この成功を見て国際的には、薬物依存症を犯罪とか刑罰対象ではなく、健康問題として見直そうという考え方が主流になっています。
編集部)たとえば身近な家族や友人に、依存症の問題を抱えている人がいる場合、私たちはどのような心構えで接するべきでしょうか。
垣渕)家族や身近な人が、一番やりがちで、一番やってはいけないのが、責めたり、説教をしたりということです。
依存症以外の合併症(認知症、統合失調症など)がない限り、当事者は自分の問題に気づいていて、すでに周囲から指摘されていることが多いので、同じことを繰り返して責められても反発し、壁を作ってしまう結果に終わります。
最も大切なことは、「依存症になるぐらい薬物を使わざるを得なかった」当事者の心情を理解してあげようとすることだと思います。薬物依存症が進行すると社会的、身体的、精神的に死に至り、「慢性自殺」とも呼ばれる壮絶な状態に置かれます。しかし当事者の話を聞いてみると、「最初から、死のうと思って薬物やアルコールを摂取していたのではなく、人生の苦痛から免れるために、よく生きるために、他に方法がわからなくて摂取していた」と言います。むしろ「薬物やアルコールを摂取していたから自殺しないで済んだ」と言う人も少なくありません。薬を使うのもよく生きるためだし、薬を止めるのもよく生きるためなのです。
ややもすると、他の病気の場合と逆の対応が効果的なので、家族や友人の立場にいる人たちが正しい知識を得ること、可能なら回復者の体験談を生で聞いてみることをおすすめします。そうすることで、どういう心構えで接するべきかが見えてきます。
編集部)芸能人の場合、違法薬物で逮捕されると一斉にバッシングにさらされ、ドラマの出演場面がカットされたり、音楽CDが回収されたりしてしまいます。敗者復活の機会を容易に与えない社会制裁の空気が、逆に依存症から回復を難しくしているとは言えますか?
垣渕)はい、そう言えます。米国では、薬物使用でキャリアが落ち目になったスターももちろんいます。しかし、それは逮捕を理由に一斉に映画やテレビから締め出されたというより、依存症の症状が悪化して「遅刻や無断欠勤をする」、「セリフを覚えてこない」といった職場に実質的に与えた迷惑のためです。そんな人を雇うと振り回されて大変ですから。また、ハリウッドでは映画の製作プロジェクトごとに保険に入るのですが、こういうキャストがいると、保険代が桁外れに高くなるので、雇うのが難しくなってしまいます。
しかし米国では、失敗してもそこから回復するリカバリー・ストーリーが好まれることもあり、依存症になった有名人が治療を受けて職場復帰し、キチンと仕事をしているのを見守るというのが一般的です。そうやって、みごとに返り咲いた代表例が、ドリュー・バリモアやニコール・リッチーです。
編集部)違法薬物および、依存症にまつわる犯罪に対する報道の在り方に、どのような規制やモラルが必要だと思われますか?
垣渕)「成功者と言われる人たちが薬物依存症で逮捕」というニュースは、自分の人生にさまざまな不満を抱えて生きている多くの人たちにとって、留飲を下げられる格好のエンターテイメントになってしまいがちです。メディアも視聴率、PV、部数を上げるのに役立ちます。しかしそのように成功者の転落を報道するだけで、本当に報道の使命を果たしているのかと自問自答してほしいです。
このことをニュースとして取り上げるのであれば、一過性で終わらず掘り下げてほしいです。例えばもっと、逮捕された人が回復していく過程などを丹念に追ってほしい。昨今では元プロ野球選手の清原和博さん、俳優の高知東生さんなどがよい例です。
編集部)違法薬物対策といえば、「ダメ絶対!」とか「クスリを止めますか? 人間止めますか?」という有名なスローガンがあります。
垣渕)これは、健常者が薬物に手を出さないようにする効果はあるかもしれませんが、すでに薬物を使っている人にとっては「俺は人間失格だ」「人生終わった」と受け止めてしまうような絶望的なメッセージです。
このスローガンは、米国で違法薬物対策が始まった時のものをもとにしており、オリジナルは「YES TO LIFE! NO TO DRUGS!(人生にYes, ドラッグにNo)」でした。日本語に訳された時に、みごとに「YES TO LIFE!」が抜け落ちてしまったのです。失敗に対して否定的に萎縮しがちな、日本の社会病理の反映に見えます。
報道において「YES TO LIFE!」というメッセージがもっと多く発信され、当事者が尊厳を取り戻し、回復に希望を持てる社会になることを願ってやみません。
(写真はイメージ)
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