[書評]社会生活が変わる今、改めて読みなおしたい名著(1)
4月から続いた外出自粛期間も徐々に解除されている。長く続いたこの期間に「久々に本を読んだ」という人も多いのではないか。せっかくついた読書の習慣を逃す手はない。腰を据え、時間をかけてじっくり読む長編、編毎に新たな世界を味わうことができる短編、次はどんな本にしようかと選ぶ時間も読書の楽しみの一つだろう。編集部おすすめの名著を紹介する。
『坂の上の雲』
言わずと知れた司馬遼太郎の代表的な歴史小説で、1968年から1972年にかけて産経新聞で連載された。
明治維新の開化期に始まり、貧困にあえぎながら富国強兵を目指し、日清・日露戦争に勝利するまでの約30年間の日本を描いている。愛媛県松山出身の3人を主人公に、その生涯をたどりながら歴史を追っていく。騎兵部隊の創設者・陸軍の秋山好古、その弟・海軍の秋山真之、真之の親友・俳人の正岡子規。
政治・外交・文化、それぞれの分野で各“国民”が栄達することが“国家”の繁栄につながると考えられていた時代に、切磋琢磨しながら頭角を現していく若者たちの姿が颯爽と描かれている。日露戦争の40年後には世界を相手に敗戦したことを考えると、この時代の帝国主義の高揚感の中に、悲壮感の影を見ることができる。筆者はこれを、坂の上の青い天に輝く一朶の白い雲のみを見つめて走り続けていた「楽天的な時代」と綴る。
日本が開国し国際化に大きく舵を切ったこの転換期は、グローバルと反グローバルに翻弄される昨今の情勢にも通じるものがある。複雑で答えの見えない閉塞的な現代、私たちが歴史のどこかに置き忘れてしまった、前だけを見つめて突き進む快活さを思い出させてくれる。また凄惨な戦争や外交交渉の描写からは、日本という国がいかに奇跡的に先進国に登り詰めていったかが見て取れる。徐々に解除されつつあるSTAY HOME期間ではあるが、長編小説に手を伸ばして、自己を省み国家と世界の平和に思いをはせてみてはいかがだろうか。
書誌情報
『坂の上の雲』(全8巻)
著者:司馬遼太郎
発行日:1999年1月10日
発行:文藝春秋