食塩結晶の瞬間と成長過程の撮影に成功 東大
東京大学大学院理学研究科の中村栄一特別教授らは、無秩序な分子の集合体からナノメートル(10億分の1メートル)サイズの食塩結晶ができる瞬間と、さらにそれが大きく成長する様子を、スローモーション映像として連続的に記録することに成功。1分子レベルでの動的な挙動解析の結果、これまでその性質が明らかでなかった結晶化前の分子集合体について、結晶とは異なりその構造が動的に変化していることを発見した。
同研究により製薬・材料分野に革新をもたらすことが期待される。論文は米国化学会誌に22日付でオンライン掲載された。
謎の多い結晶化のメカニズム
人類が結晶を生み出してきた歴史は長く、紀元前より行われてきた製塩はその代表例である。現在では、結晶化は医薬・材料などさまざまな分野で欠かせない技術となっているが、その機構の理解は十分ではない。1913年にX線結晶構造解析法が提唱されて以来、結晶中の原子配列など静的な構造は明らかにされてきた。
一方で、結晶化という動的な過程を原子レベルで詳細に観察することは困難であり、詳細なメカニズムについて議論されてきた。特に、結晶の最初の核ができる瞬間は、その確率論的な挙動と微小な時間・空間スケール事象であることなどの理由から、従来の実験手法による解析が困難であった。
NaClが真空下で結晶化する様子の撮影に成功
中村教授らは2005年以来、「原子分解能単分子実時間電子顕微鏡(SMART-EM)イメージング法」とよばれる電子顕微鏡を用いた分子1つ1つの構造や形状の時間変化を追跡する分析手法の開発に取り組んでおり、単分子のみならず分子の集合体の動きを動画撮影して記録する研究を行ってきた。
今回、SMART-EMイメージング法と新規に開発した試料調製法とを組み合わせ、自発的に集合した分子がその構造を秩序だった結晶構造へと変化させ、さらには結晶として成長していく過程を連続的に撮影し解析することに成功した。
同研究では、塩化ナトリウム(NaCl)水溶液を水への分散性を向上させた円錐状のカーボンナノチューブ(CNT)に内包させ、CNTをあたかもナノサイズのフラスコとして利用することでNaClが真空下で結晶化する様子を撮影した。
CNTの先端部に1ナノメートル程度のNaCl結晶核が再現性よく9回繰り返し形成される様子が観察された。核形成にかかる時間も2〜10秒以内に再現性よく分布していた。
この結果は、適切な空間を設計することで、制御困難とされてきた核形成過程を原子レベルで精密に制御できる可能性を示すものであり、結晶サイズや結晶多形(同じ組成の化学物質がとる複数の結晶構造。医薬品では薬効に影響を与えることがある)制御手法としての展開が考えられる。
また、従来の手法では研究対象となり得なかった結晶化以前の分子集合体が、離合集散することで結晶に類似した秩序だった構造と無秩序な構造との間を行き来していることが明らかになった。これらの集合体が結晶とは異なり極めて流動的な構造を持つことが実証された。
この結果は、核形成過程において分子集合体のサイズだけでなく、その構造ダイナミクスが重要な役割を果たすことを示唆している。
革新的分子技術への応用に期待
結晶化現象をはじめとする自己集合過程や相転移現象は、多くの分子が互いに動的に相互作用することで引き起こされる。従来、分子の集合体中での原子レベルの運動を観察することは極めて困難であるため、マクロな視点から取り扱われてきた。
今回達成された結晶化過程の直接観察は、これらの現象をミクロな視点から研究できる可能性を示したものであり、自己集合・相転移現象の新たな研究展開につながるだけでなく、望みの形状や性質を持つ新材料を分子レベルでの観察に基づいて設計・開発する、といった革新的分子技術への応用が期待される。
画像提供:東京大学