[書評]『雪』 世界で初めて雪の結晶を作った研究者 ー「天からの手紙」を読み解くために
今の季節にふさわしい雪についての本を読んでみた。著者の中谷宇吉郎(1900~1962)は世界で初めて人工雪を作ることに成功した物理学者である。石川県加賀市の生まれで東京帝国大学理学部卒業後に理化学研究所で寺田寅彦に師事。1932年に北海道大学理学部教授となり雪の研究を始める。
本書の元版は1938年。四部構成で、第一「雪と人生」では、随筆風に雪が人間の生活、特に日本の地方の暮らしに与える影響について綴る。第二「『雪の結晶』雑話」では、雪の結晶の研究がどのように進んできたかを振り返り、雪の降る原理についても説明する。
第三「北海道における雪の研究の話」でいよいよ著者の研究が語られる。1931年に出版されたアメリカ人写真家による雪の結晶の写真集に感銘を受けた著者は、札幌に住むことがきっかけになり自分でも雪の結晶の顕微鏡写真を撮ってみることにする。最初は学校の付属室へ行く廊下の片隅で、次の年からは十勝岳のヒュッテに仲間たちと出向いて結晶の写真を撮影した。前述の写真集が美的な結晶しか取り上げず、しかもどんな条件で撮影したものなのかの記載がないことに著者は科学者らしい不満を感じ、自らの実験は天然に見られる全種類の雪の結晶を網羅させた。そうして撮りためた3千枚の写真から結晶を7種類に分類した。
第四「雪を作る話」では、実験室で実際に雪の結晶を作り出す試みについて綴られている。これだけ美しいものがいつでも自由に作れたら楽しいだろうと思い、著者は実験に取り組んでいく。とっかかりになったのは霜の結晶である。まず実験装置内で霜の結晶を作り、それがはがれて落ちていく間に雪の結晶に成長させることができた。しかし霜の結晶は雪の結晶とは異なる。試行錯誤の末にやがて低温実験室の装置内に吊るしたウサギの毛先に雪の結晶を作ることに成功した。これが世界最初の人工雪である。そこからいろいろと条件を変えて700種類の結晶の顕微鏡写真を撮影した。
著者が苦労して人工の雪を作り出した目的は雪の本質を知りたいがためである。雪の結晶がどんな条件でできたかがわかれば、降ってきた雪の結晶を見て上層の気象の状態を類推することができる。本書の中で、著者はこう述べている。「雪の結晶は、天から送られた手紙であるということが出来る」
自然界の現象や万物の有様に驚嘆しよく目を開いて観察すれば必ず語りかけてくるものがある。些細なことだと見過ごさずに、どこからか来た手紙を読み解けるように感性を研ぎ澄ませたいものだ。
『雪』
著者:中谷宇吉郎
発行日:1994年10月17日
発行:岩波文庫
(冒頭の写真はイメージ)