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熊本地震から5年~復興の軌跡と聖火リレー

熊本県内に未曽有の被害をもたらした熊本地震から今年で5年を迎えた。

熊本地震は2016年4月14日午後9時26分にM6.5の地震、続いて16日午前1時25分には誰もが予想していなかったM7.3の本震が襲った。死者は関連死を含め273人に上り2700人以上が負傷、住宅の被害は20万棟近くに達した。

 

復興する熊本城

熊本城では、一連の地震で石垣が大きく崩れ、約50か所で石垣が崩落、全体の3割に及ぶ23600㎡で積み直しが必要とされた。震災直後の201661日には、復興の希望として天守閣がライトアップされた。

その後、復興工事が続けられ、20184月には天守閣にしゃちほこが乗り、地震から36ヶ月後の201910月には特別公開が始まった。202061日からの特別公開第2弾では、見学通路から復旧工事の過程を間近に見学ができるようになった。そして5年目となる今年、20214月には天守閣全体の復旧が完了した。

熊本城は加藤清正の手によって、1607慶長12年)、茶臼山に築城された。1632年(寛永9年)には細川忠利が熊本藩主として入城、1877年(明治10年)には西南戦争の戦地となり天守と本丸御殿一帯が焼失した。戦後、天守再建の気運が高まり1960年(昭和35年)に復旧されている。

周囲約5.3㎞の広大な敷地に、大小の天守と宇土櫓うとやぐら等の多数の櫓や城門を備え、築城当時の建物も残っており13棟が国の重要文化財に指定されている。大天守は、外観は3重、内部は地上6階地下1階建てであり、天守閣の特徴は、四面に配した千鳥破風ちどりはふと最上階の南北につくられた唐破風からはふと呼ばれる建築様式である。最上階からは熊本市内や遠く阿蘇の山並みを見渡すことができる。熊本地震では、最上階の瓦や鯱瓦の落下、地下室の石垣の崩落などの被害があった。

今年426日予定していた特別公開第3弾は新型コロナ感染拡大の影響により延期されたが、天守閣内部のリニューアルした展示と最上階からの眺めを楽しめるようになる予定だ。展示では、熊本城の築城から西南戦争での焼失、昭和の天守再建、熊本地震での被災から復旧までの解説を見ることができる。

 

画像提供:熊本城総合事務所
画像提供:熊本城総合事務所

新阿蘇大橋と聖火リレー

南阿蘇村の阿蘇大橋は、熊本地震で崩落した。阿蘇大橋は、50年前に開通したアーチ橋で、熊本都市圏と阿蘇地域をつないでいた。再建は約600m下流で進められ、202137日に新阿蘇大橋が開通した。これにより、熊本県内で通行不可となっていた道路が全て復旧した。

新阿蘇大橋は全長約522m、橋脚高97m、最新工法を導入して建設された。新たに橋下流側に歩道が整備され、近くの数鹿流崩之碑展望所からは、崩れた旧阿蘇大橋の橋げたと新阿蘇大橋の両方を見学することができる。56日には、オリンピックの聖火リレーが新阿蘇大橋を渡る計画だ。

熊本市に住む30代の男性は、「お城や橋、街並みが復旧していく一方で、震災の経験や教訓は風化させることなく、伝えていかなければならない。日本は地震列島であることを肝に銘じて、自助・共助・公助の備えをしておくことが大切だと思う」と語った。

 

崩れた旧阿蘇大橋の一部は、今もその場所に残っている
新しくできた新阿蘇大橋(出典:熊本県HPより)

冒頭の画像提供:熊本城総合事務所