[書評]カーソン『沈黙の春』 環境科学の原点から今も学ぶべきこと

『沈黙の春』は1962年に発刊された、化学物質による環境汚染を世に知らしめた古典的な著作だ。書名は序章「明日のための寓話」の、アメリカの自然豊かだったある町で、化学物質の汚染のために鳥たちが死に絶えて春になっても沈黙が続くという光景に由来する。

このような事態を引き起こしたのは、DDTなどの有機塩素系や有機リン酸系の殺虫剤だった。DDTは第二次世界大戦時にシラミ退治に使われたことから量産が始まり、それが綿花畑や果樹園の殺虫に使われるようになった。1950年代にカリフォルニア州のクリヤ湖でブユ退治のためにDDTに類似したDDDを散布したところ、湖水のカイツブリが死に絶え、その脂肪組織から高濃度のDDDが検出された。プランクトンから魚、魚から水鳥と、食物連鎖を通じて毒が濃縮されたのだ。自然界では一つだけ離れて存在するものはなく、すべてが肢体のように一体なのだ。地上の川が汚染されると、地下水を通じてあたりの水という水が、場合によっては上流に至るまで汚染されてしまう。

しかし、そんな犠牲を払っても殺虫剤散布によって害虫を根絶することはできない。天敵の昆虫や鳥が激減して自然界のバランスが崩れ、かえって大発生につながったり、あるいは別の害虫が猛威を振るいだしたりする。化学薬品で死ななかった害虫が安全な場所を求めてより広範囲へ移動もする。また、害虫は化学薬品に対する耐性を数年で獲得する。化学薬品の攻撃を受けて生き残るタフな個体が子孫を残すため、何世代か経つうちに抵抗性のあるものばかりになってしまう。

有機系の殺虫剤は脂肪組織に蓄積され、肝臓や中枢神経系に影響を及ぼす。生物の細胞中でのエネルギーの供給は物質の代謝でなされるが、化学物質はそれを阻害し、エネルギー不足に陥った細胞はがん化する(これは当時の知見で現在の見解では異なる)。また、化学薬品は遺伝物質の突然変異を誘発する。染色体異常によって引き起こされる疾病はがん以外にも多い。

殺虫剤散布とその結果について多くの事例が引用されており、実に迫力があった。あまりの恐ろしさに肌寒くなるほどである。本書の警鐘によって生物濃縮の危険性が認識され、さまざまな規制がかけられるようになった。化学物質の危険性は嫌というほどわかるが、一方で、読者がその反動で科学的な根拠のない極端な農薬忌避やオーガニック志向に陥ってしまうことが心配だ。

本書では、化学物質の代替になる有効な方法も提示してある。殺虫剤を使うにしても空中散布などせず、局所的に害虫に直接撒いて使用量を最小限に留めることだ。また、古くから知られている天敵を利用する方法も効果を発揮する。X線照射で不妊化した昆虫を放して次世代の繁殖を妨害する方法は、目覚ましい成果を上げた。

ただ徒に化学物質を忌み嫌うのではなく、科学的な視点から問題解決の道を探ることも本書から学ぶべきことだ。

 

『沈黙の春』
著者:レイチェル・カーソン
訳者:青樹梁一
発行日:1974年2月20日
発行:新潮社

(写真はイメージ)

 

【書評】科学者の随筆・評伝