2016年の花粉症 シーズン前の対策(番外編)-「寄生虫で治療」仮説の真偽
これまで4回にわたって花粉症のメカニズム、セルフケア、根治療法などを解説してきた。この記事の読者の中には、もしかしたら「寄生虫を体内で飼うと花粉症が予防できる!? 治る!?」という話を聞いたことがある人もいるかもしれない。連載の番外編として、これについて説明したい。
この仮説は、もともと寄生虫感染の多い発展途上国の住民で、血液の中のIgE値が非常に高い事実から生まれた。IgE値はIgE抗体の量のことで、IgE抗体については、前回の「根治療法編」で解説したとおり、大量の抗原(異物)にさらされたときに体内で作られる抗体のことだ。これらの先住民の高IgE値は、人体にとって花粉やダニなどよりもはるかに巨大な異物「寄生虫」の感染によりもたれされたものと考えられている。そしてこうした地域では喘息や花粉症が非常に少ない。こうした現象を観察した研究者達は、「寄生虫により大量に産生されたIgE抗体が肥満細胞をすっかり覆ってしまい、ダニや花粉などの抗原によるIgE抗体を肥満細胞表面に寄せ付けないため、花粉には反応しない」という仮説を立てた。
この考え方を日本に紹介し、近年の日本でスギ花粉症の増加したのが寄生虫の減少によるものではないかと初めて提唱したのは、当時の国立公衆衛生院微生物学部長であった井上栄氏である。井上氏は、国立予防衛生研究所に保存されていた1973年採取の群馬県の血清と、1984~85年採取の血清のスギに対するIgE値を比較し、前者に比べ後者のスギ特異的IgE抗体が4倍もの高値を示す事を明らかにした。つまり群馬県の被験者のスギ花粉症は、10年間の間に4倍に増加していた。それに対して日本人の回虫感染率は、1940年代後半には60%代だったのが、1970年には1%以下となった。
井上氏は、こうした日本人におけるスギ花粉症増加の実態を踏まえた上で、推測される原因の一つとして、「寄生虫によるスギ花粉症抑制説」を『文明とアレルギー病』(講談社、1992年)という著書の中に紹介した。
この仮説が多くの日本人に知られるようになったのは、寄生虫研究者の藤田紘一郎氏が『笑うカイチュウ』(講談社、1994年)を出版したことがきっかけだった。読み物としても面白く、藤田氏はサナダムシを自らの体内で飼うこともしたため、話題となった。しかし実際は、その後の研究で寄生虫はアレルギーを抑制することもあるが、悪化させる場合もあるということが明らかになり、この仮説は否定された。
いくら、花粉症がひどくても、寄生虫を体内で飼うことはしないでいただきたい。
(写真はイメージ)