法律家の目でニュースを読み解く! 悪質タックル事件、日大アメフット選手の会見
試合中の悪質タックルが大きな問題となった日本大学アメリカンフットボール部の選手が記者会見を行ないました。これにより、スポーツの世界の上下関係の中で、選手が受けていた異様なパワハラの実態が浮かび上がりました。
この会見を、いくつかの観点から考察してみます。
協力:三上誠 元検察官。弁護士事務所勤務を経て、現在はグローバル企業の法務部長としてビジネスの最前線に立つ、異色の経歴の持ち主。 |
(1)会見から受けた印象
非常によく準備され、コントロールの効いた謝罪会見でした。会見を行った選手の服装やネクタイの色、お辞儀の仕方やタイミングなどは、謝罪会見における基本作法を踏み外さず、視聴者に安心感を与えるものでした。また、陳述書を用意し、それを読み上げるスタイルでの会見というのも、選手の年齢や会見の場で負う極度の緊張感を考慮した上で理にかなったものであったと思います。
陳述書や経緯書の写しはメディアに配布されたようですし、同じものが日本大学、競技連盟、また捜査機関にも提供されることが想定され、選手側の言い分を一括して伝えることができています。これにより、仮に裁判にまで発展しても一貫した主張を維持できるのではないかと思います。
質問に対しても、基本的には本人が一つ一つきちんと答えたのも好印象でした。弁護士が助け船を出したのは1回だけでした。しかしその中にも、事実関係については事実を述べ、自分の気持ちについては正直に答え、監督・コーチやチームに対するコメントを求められると「それは自分から話す話ではない」と述べるなど一貫した方針があり、謝罪会見として適切であったと思います。選手から反省、誠意、覚悟などを感じた方も多かったのではないかと思います。
(2)「監督・コーチの指示」の有無について
選手の代理人弁護士は、この会見の目的が「被害者及び関西学院大学のアメリカンフットボール部、関係者への謝罪」であること、謝罪のためには事実を明らかにする必要があるので「本件の行為について、監督・コーチの指示があった事実を明らかにする」と冒頭で明らかにしていました。
謝罪が目的だ、とあえて強調したのは、選手はあくまで加害者であり、刑事事件にも発展し得る今回の事件の事実関係については、謝罪のほかは正直に話す以外にできることがないという認識のもと、自分の感情や個人的事情は一切入れず、被害者に配慮することを最優先にすることを徹底する方針を伝えたようとしたのだと思います。
しかしこれに対して質問者の質問は「監督・コーチについてどう思うか」というものが多かったように思えます。前述のとおり、この件に関する選手の回答は一貫して「それは自分から話す話ではない」というものでした。繰り返しが多かったと感じた視聴者もいらしたと思いますが、それは被害者への配慮を最優先にし、自分の感情や個人的事情は一切入れるべきではない、という意識が選手サイドで共有されていたからだと考えられます。
したがって、「本件の行為について、監督・コーチの指示があった事実」は「監督・コーチが何を言ったのか」と「それに対して自分がどう思ったのか」という小さな事実の積み重ねとしてのみ、淡々と語られました。それにより、ポイントとなる事実関係や監督・コーチの言動はおおむね明らかになっています。選手は「怪我をさせろ」という指示だと認識したと話していましたが、監督・コーチは「つぶせ」というのは「最初のプレーから思い切って当たれ」という意味だったと、この会見を踏まえて真っ向から反論しており、日大広報部は報道各社にその旨のコメント文を発表しています。傷害罪の共犯が成立するかどうかは、監督・コーチの言い分も踏まえて、捜査機関の捜査にゆだねられることになりそうです。その過程では、会見の中でコーチの発言を聞いていた、とされた日大アメリカンフットボール部の一部の選手も、捜査機関の事情聴取に応じなければならないでしょうから、結論が出るにはもう少し時間がかかりそうです。
(3)印象に残った言葉
本会見では、現在テレビ番組のキャスターで、関学大アメリカンフットボール部OBである有馬隼人さんが「プレーを中断する笛の音は聞こえていたか」という競技経験者ならではの質問をされました。選手の心のうちの話なので、「笛の音は聞こえておらず、プレー中であると誤解していた」と回答することも可能でしたでしょうが、選手は「聞こえていました」と答えていました。この回答は、選手の謝罪に向けた誠意や覚悟を強く印象づけるとともに、本件の異質さを際立たせるものでした。アメリカンフットボールやラグビーなどのコンタクトを伴うスポーツは、選手の感情が高ぶりやすく、感情に任せて選手がプレー後でも荒っぽい行動に出ることはトップレベルのゲームでもそれほど珍しいことではありません。しかし今回の場合は、選手自身の感情の高ぶりによる行動ではなく、監督・コーチの指示に従い、むしろ自分の感情を押し殺して反則行為を行ったものであることが明らかになったからです。
なぜそのような状況になってしまったのでしょうか。宮川選手は、精神的にここまで追い詰められたのは初めてだった、と話していました。その契機は、日本代表に選出されたのに「それを断れ」と監督に言われたこと、それと前後してチームの中で非常に厳しい扱いを受けるようになっていたこと、と話していました。その理由については「分からない」と話していましたが、確かにこれは客観的にも理解しがたい状況です。大学のスポーツチームが、日本代表に選出された選手を自チームの事情で辞退させること自体は、それほど珍しいことではありません。しかし、日本代表に選出されるほどの選手を、わざわざ代表辞退させてまでチームに残したのであれば、当然スタメンとして使うはずです。日本代表を断らせておきながらスタメンから外した。この部分については、監督・コーチ側に説明の責任があるのかなと思います。この辺りの経緯に、事件を紐解く鍵があるのかもしれません。
(写真はイメージ)
参考記事
法律家の目でニュースを読み解く! アメフットの悪質タックルは傷害罪に相当するのか?(2018/05/19)