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法律家の目でニュースを読み解く! オウム事件と死刑執行に見る、死刑制度が維持される理由(3)

法律家の目でニュースを読み解く! オウム事件と死刑執行に見る、死刑制度が維持される理由(3)

日本の死刑制度存続の背景には、「死刑もやむを得ない」とその制度を肯定する意見が、圧倒的に根強いことが理由としてあると、前回説明しました。一方で、一連のオウム事件の被害者の方たちは、今回の死刑執行をどのようにとらえたのでしょうか?
 

協力:三上誠
元検察官。弁護士事務所勤務を経て、現在はグローバル企業の法務部長としてビジネスの最前線に立つ、異色の経歴の持ち主。

 

死刑執行、これ以上追えない真実

オウム真理教被害者の会の代表であり、地下鉄サリン事件で夫を失った高橋シズエさんは、松本智津夫死刑囚らの死刑執行にあたり、「麻原の執行に関して、私は当然と思っています」と述べた一方で、その他の死刑囚については、「今後のテロ防止という意味で、もっと彼らには色々なことを話してほしかったし、専門家も死刑囚に対していろいろなことを聞いてほしかったという思いがあります。それができなくなってしまったということへの心残りはあります」と述べました。

「オウム真理教家族の会」の代表として信者の脱会を支援し、みずからもVXガスで攻撃されて意識不明になったこともある永岡弘行さんは、松本智津夫死刑囚以外の12人の死刑囚について、「類似の事件が起きないようにするためには、彼らが罪を犯すに至った心理面での分析が必須です」と訴え、死刑執行回避のための署名活動を2011年11月から続けていました。永岡さんは今回の死刑執行に際して、「私は麻原以外の死刑囚に対しては親になった気持ちで接してきた。親の気持ちを考えればつらい。それだけです」と話しています。

NHKの報道した被害者遺族や被害者の声の中でも、「ひとつ心が安らぎました」「当然の報いだと思う」という声もある一方で、「自分の節目は母親が亡くなった時なので、今日で一段落という気持ちはありません」という声もありました。また、「真相がわからなくなってしまった部分もあり、しっかり調べてほしかったという気持ちもあります」、「事件の全容が解明されなくなり、喪失感を感じました。なぜ娘が死ななければならなかったのか、事件の全容が解明されず、娘に対してごめんねという気持ちでいっぱいです」という声もありました。

応報的な感情論自体は、自然な感情の発露として共感を得やすいもので、感情論だからといってむやみに否定されるべきものではありません。しかし、オウム事件のような凶悪な無差別テロ行為の被害者や被害者遺族も、「凶悪な犯罪は命をもって償うべきだ」とばかり考えているわけではないことに、もう少し注意が払われてもよいかと思います。
 

死刑制度について、改めて問う

また被害者や被害者遺族の方の多くが述べていたのは、「こういった事件が二度と日本で起きてほしくない、そのために事件の真相を解明してほしい」ということでした。今回の死刑執行により、その機会が失われたのだとすれば、死刑制度そのものの意義について、私たちは深く考えてみる必要があると思われます。

オウム事件が、日本で起きた極めて特殊かつ凶悪な組織的無差別テロ事件として記憶されているのは、この世に希望を見出せず、救いを求めてオウムに引きつけられたはずの多くの若者やいわゆるエリートたちが、そこに関わっていたからという点も挙げられます。彼らは何に失望し、そして何が彼らを犯罪に駆り立てたのか。多くの人が「真相がわからない」「事件の全容が解明されていない」と感じるのは、私たちが今も、オウム事件が起こった当時と大きく変わらない社会に生きているからではないでしょうか。

ちなみに、死刑制度を廃止している欧米諸国はキリスト教を規範とする人権意識と倫理観の上に成り立っており、近代法にはキリスト教の「ゆるし」という考え方が根づいています。かつて、パリ同時テロで妻を失ったアントワーヌ・レリスさんは、犯人に対して「あなた方に憎しみという贈り物をあげたりはしない」とフェイスブックに書き込み、これが22万回以上シェアされ、世界中で共感を呼びました。やはり、「目には目を」の応報的な刑罰には限界があるように思います。日本でも将来的に死刑制度の廃止を受け入れ、人権に対する理解に基づく平和な社会を作っていくことが果たして可能なのでしょうか? そのためには、この社会のあり方や基本的な人権について、深く考える機会や教育がもっと必要だと思われます。これは、この社会に生きる私たちひとりひとりが問われていることでもあるのです。

(写真はイメージ)
 

参考記事
法律家の目でニュースを読み解く! オウム事件と死刑執行に見る、死刑制度が維持される理由(1)(2018/07/12)
法律家の目でニュースを読み解く! オウム事件と死刑執行に見る、死刑制度が維持される理由(2)(2018/07/13)
死刑執行に対し、EU・スイスなどが共同声明を発表(2018/07/09)