法律家の目でニュースを読み解く! ゴーン氏の海外渡航で何が検証されるべきなのか?
昨年末、元日産CEOのカルロス・ゴーン氏が刑事被告人として保釈期間中であるにもかかわらず、保釈条件に違反して海外に渡航したニュースが電撃的に報じられました。まず海外メディアが報じたことによって日本でもこのニュースが流れ、外務省や検察庁、さらにゴーン氏の担当弁護人にとっても寝耳に水の出来事だったと伝えられています。
同件については様々な報道がなされていましたが1月8日、ゴーン氏自身が渡航先のレバノンで記者会見を行いました。この前代未聞の事件について、元検事でもある法律家の三上誠氏に、検証されるべきポイントについてうかがいました。
解説:三上誠 元検察官。弁護士事務所勤務を経て、現在はグローバル企業の法務部長としてビジネスの最前線に立つ、異色の経歴の持ち主。 |
ゴーン氏の保釈は正しかったのか?
ゴーン氏の記者会見は、現時点では内容にそれほど見るべきものはありませんでした。一方で日本のメディアの論調もゴーン氏だけでなく、弁護人に対する厳しい意見が目立つように見えます。裁判所に対しての厳しい意見もあり、ゴーン氏に対する否定的な感情の高まりから、法務省や検察庁に対する期待が高まっているようにも感じられます。
検察庁が保釈を認めたがらない傾向にあり、これに対し弁護人が保釈を強く求めるのは職責上の定石です。裁判所もふさわしい保釈金を規定した上で、万が一の海外逃亡に関しては、現行の出入国管理に信頼をおいて保釈したわけです。
今回の保釈条件では、パスポートは弁護人が預かることになっていました。報道によると、ゴーン氏のパスポートのうちフランス国籍のものの一冊は鍵をかけた容器に入れてゴーン氏が携帯していたことが明らかになりました。しかしそうだとしても、パスポートを使った正規のルートで出国した形跡はありません。従って、日本の側で考えるべき問題は、パスポートを利用した一般的な出国手続きを経ることなく、なぜゴーン氏が出国できたのか?であり、まずはその過程が詳細に検証される必要があります。
つまり、ゴーン氏が関西国際空港からプライベートジェットで出国したその具体的なプロセスこそ、最も詳細に報道されるべきです。
ゴーン氏はなぜ出国できたのか?
日本に先駆けて海外のメディアではいち早く、民間警備会社が利用されたこと、呼吸用の穴の空いた楽器箱に隠れてゴーン氏が出国したこと、飛行機の乗客名簿には民間警備会社の職員2名の名前しかなかったこと、関西空港のセキュリティが甘いと判断されて狙われたこと、出入国管理局の職員が楽器箱のチェックをしなかったことなど、ある程度確度が高いと推察される報道がなされました。
そもそもゴーン氏を保釈する際には、パスポートのない出国は出入国管理局が水際で阻止できることを前提としており、これは本来、出入国管理局と関係が深い検察庁が一番自信を持っていたポイントのはずで、裁判所や弁護人よりも緊張感をもって出国防止に取り組んでいたはずです。ましてやゴーン氏ほどの有名人ですから、出入国管理局も十分に警戒していたことが推測できます。
「人質司法」は別に論議されるべき問題
それにもかかわらず水際で出国を阻止できなかった理由こそ、しっかりと検証されるべきであり、今回の件を踏まえて今後保釈条件を考慮する際には、裁判所、検察庁、弁護人の間でより精緻に検討されるべきです。
「人質司法」とゴーン氏も強調した日本の司法制度のネガティブな側面についての議論と、ゴーン氏が保釈条件に反して海外に渡航したことは全く別の問題です。森法相がゴーン氏について、「潔白というのなら司法の場で無罪を証明すべきだ」と失言して注目されたことにも表れているように、「人質司法」と呼ばれる日本の司法制度のネガティブな側面が存在することは否定できません。しかし国民感情が刺激されやすい今回の件では、このことにあまりスポットライトを当てられるべきではないと思います。
保釈金の額が少なすぎた?
被告人の逃亡を担保するのは、制度上はあくまで保釈保証金であり、今回の被告人の経済力を考えると、「保釈金の金額の算定を見誤った」というのなら筋は通ります。そこは算定方法の見直しを図るべきでしょう。
国外への予想外の渡航は、このこととは別の、法曹三者も想定していなかった出入国管理の問題であって、その経緯については、本来は出入国管理局を所管する法務省においてきちんとコメントされるべき事柄です。
この点について森法相は、ゴーン氏の出国経緯については明言を避けています。また、出国審査の厳格化を指示したとし、保釈制度を見直しGPS搭載機器の義務づけを検討すると表明しており、素早い対応とは言えるかもしれませんが、その具体的内容は明かされていません。しかし、出入国管理の制度または運用にも明らかなセキュリティホールがあったと認められる状況で、弁護人や裁判所だけが非難されるのはフェアではなく、今後のためにも有益ではありません。
今後、事実を可能な限り明らかにした上で、保釈制度の運用について出入国管理の実情を踏まえて、表面的ではない本質的で健全な議論が、できるだけ公の場で検証されながらなされることを望みます。
(写真はイメージ)