法律家の目でニュースを読み解く! 緊急事態宣言はなぜ発動されない? 新型コロナで改正特措法
3月11日、世界保健機関(WHO)が新型コロナウイルス感染症をパンデミック(世界的流行)と認定、世界各国で緊急対策が取られています。日本ではこの前日、新型コロナウイルス感染症を新型インフルエンザ特措法(正式名称は、「新型インフルエンザ等対策特別措置法」)の対象とする改正法案が閣議決定され、13日に改正特措法が成立しました。
かつてない世界的非常事態の中での日本政府の対応を、法律家の三上誠さんに検証していただきました。
解説:三上誠 元検察官。弁護士事務所勤務を経て、現在はグローバル企業の法務部長としてビジネスの最前線に立つ、異色の経歴の持ち主。 |
編集部:新型インフルエンザ特措法が改正されました。これにより、新型コロナウイルス感染症が、同特措法の対象となります。これが意味するものは何でしょうか?
三上:新型コロナウイルス感染症に対して(1)首相による緊急事態宣言と基本対処方針の表明、(2)政府による総合調整の下、各都道府県知事による速やかな対応方針の策定と実施、(3)これでは不十分な場合に首相指示による対策実施、が可能となります。同特措法には医療の確保・提供もきめ細かに規定されており、対策として取れる手段も十分用意されています。
最近、マスクの買取りについても同時に国民生活安定緊急措置法改正による手当がなされたと報道されましたが、こちらもわざわざ別の法改正を経なくても、同特措法第55条第3項で対応可能で、罰則も準備されています(同法第76条、違反の場合6か月以下の懲役または30万円以下の罰金)。
編集部:今回の法改正について、気になる点は何でしょうか?
三上:まず、同特措法をわざわざ改正する必要があったのか。これは実際に内閣官房のホームページで見てみると、法律案と理由を合わせてわずか3ページしかない本当に簡単な改正です。法解釈を変更することで、このような手続きを経なくても迅速に対応することができたはずで、現に野党からは、「(法改正なしに)適用できる」との解釈が主張されていました。
そして2つ目は、同特措法は緊急事態宣言の発動を可能にするものですが、政府は「まだ緊急事態宣言を出す段階ではない」と言っている。それならば、何のための法改正だったのか?という疑問が残ります。
編集部: 緊急事態宣言が発動されると、どのようなことが起こるのでしょうか。
三上:住民個人が外出を控えることの要請(新型インフルエンザ特措法第45条第1項)、学校その他の施設の利用停止、催事の取りやめの要請(同条第2項)があります。住民の外出禁止は強制できませんが、学校等施設の利用停止や催事の取りやめは、必要がある場合には公表の上、指示することができるとなっています(同条第3項)。ただし、この場合に決断を下す権限を持っているのは各都道府県知事であり、首相の役割は総合調整が原則です。首相が前に出て指示ができるのは、「総合調整に基づく所要の措置が実施されない場合」で、「対策を的確かつ迅速に実施するため特に必要があると認めるとき」。なおかつ、そのために「必要な限度」でという場面に限定されます。
編集部:政府はすでに、全国の小中高校などに臨時休校を要請しています。
三上:はい、安倍首相は2月27日に全国に対し学校閉鎖の要請を行い、不要不急の外出を避けるなどの要請をしましたが、これは本来、(1)新型インフルエンザ特措法がコロナウイルス感染症に適用され、(2)緊急事態宣言が発せられ、(3)政府による総合調整の下で必要な対策が行われていない、という3つの条件が重なって初めてできる施策です。
編集部:法的手続きとしては、順番が違うということですね。
三上:本来、緊急事態宣言を前提とする臨時休校を全国に要請しておきながら、「まだ緊急事態宣言を出す段階ではない」と主張する政府与党の見解は、本末転倒に聞こえます。また、新型インフルエンザ特措法でも可能なマスク収用のために、わざわざ別の法改正を行い、「マスクチームを結成」などとアピールするのも果たして意味があるのか。
台湾では38歳のデジタル担当大臣が2月の時点で、マスクの在庫が一目でわかるアプリのプログラムを開発、ほぼ1人で立案してこの問題に対処しています。これに比べると、日本政府のやり方には無駄な動きが多く、迅速さを欠いていると言わざるを得ません。
編集:政府が本来取るべき対応は、違っていたのではないかということでしょうか。
三上:政府はもっと早い段階で新型インフルエンザ特措法をコロナウイルス感染症に適用可能と解釈し、この法律の定めるプロセス通りに緊急事態宣言を出すことができたはずです。その上で、専門家のアドバイスを受けて基本対処方針を策定して表明し、各都道府県知事と連携して対応する。それが本来取るべき手順でした。この手順を逸脱してものごとを進める必要があったのかは、果たして疑問です。
編集部:政府はなぜ、緊急事態宣言を出すことに躊躇しているのでしょうか。
三上:東京オリンピック開催が危ぶまれており、それを意識してのこととの見方もありますが、実際の理由に関してはわかりません。しかしすでに、本来は緊急事態宣言の下で行われるべき私権の制限も、物資の流通の制約も、根拠もよく分からないまま行われています。ですので逆に、今さら緊急事態宣言をしたところで何ができるのか? もうこれ以上、やるべきこともないのではないか?という疑問が湧きます。
いずれにしても、このような非常事態においても正しい民主主義の手続きが踏まれ、政治家がその権限と責任を本当に果たしているのか、私たちは引き続き関心を払っていく必要があると思います。
(写真はイメージ)